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夕美の予感は的中した。
志穂はぱたっと学校へ行かなくなり、家に引きこもるようになってしまった。それだけならまだしも、問題だったのは不自然なほどに他人を避けるようになったことだった。
外出がめっきり減り、家族との食事にも顔を出さなくなった。普段は部屋に鍵を掛け、誰も寄せ付けない。お風呂は朝に入り、朝昼はコンビニで買ったものを食べ、夕食は冷蔵庫にあるもので適当に済ます。大体そんな風だった。
しかし、唯一、夕美とだけは面識を持っていた。夕美が学校から帰宅して共働きの両親が帰ってくるまでの間、志穂はできる限り夕美と一緒にいた。
夕美にとって、それは嬉しくもあったのだが、むしろ恐怖だった。なぜ、私だけなのだろう。気味が悪かったが、今まで自分に良く尽くしてくれた姉にそんなことを言うのは、残酷であるように思えた。結局、本心を隠したまま様子を見ることにした。
だが、事態は一向に改善しなかった。それどころか、煙草を吸うようになったり、ネットゲームに夢中になったり、夕方でも寝間着を着ていたり。以前よりも悪化していた。
夕美は気が気でならなかった。このままお姉ちゃんはどうなってしまうのだろう。この前、お母さんがこっそり泣きながら打ち明けてくれた。どうして、志穂はああなっちゃったの、って。お父さんは何も言わないけど、この頃小さい頃のアルバムを開けるようになってる。私は、どうすればいいの・・・・・・。夕美は志穂の話に相槌を打ちながら、ずっと悩んでいた。
昔とは立場が入れ替わったみたいだった。今では夕美がかつての志穂で、志穂がかつての夕美のような関係になっていた。しかし、志穂を支えられるほどの器量を自分が持ち合わせていないことは、夕美も十分承知だった。
このままだと、自分も壊れてしまう。どうにかしないといけない。どうにかして、志穂を元通りにしなければならない。分かってはいるのだ、しかし、志穂――――あの可哀想な顔――――を見ると、喉がつっかえてしまう。今日は元気、そうだったんだ、明日は早く起きてね。いらない言葉ばかり、並べてしまう。自分が自分でないみたいでならなかった。
昔は良かったね。私が無邪気に甘えて、お姉ちゃんは面倒臭そうな顔をして、でも体裁良く取り繕ってくれて。いろんなお願いを聞いてくれて。私、幸せだったよ・・・・・・。お姉ちゃん、今の私はどんな風に映ってるの。私は、今のお姉ちゃんが、怖いよ。あの眼帯外して欲しいよ。元に戻ってよ、ねぇ。
タマネギをみじん切りにしていたせいなのか。夕美の頬をはらはらと涙が伝っていた。制服の裾で拭きながら、夕美は頭を振った。しょうがないじゃん。こんな事考えたって。ざく、ざく。次はキャベツを刻んでいくが、二三と切った所で、手が止まった。涙で滲んだ視界だと、曇った空みたいに、ぼやけて何も見えなかった。
「ただいま、夕美」
背中から声がした。慌てて目に溜まった水滴をゴシゴシと消し飛ばし振り返ると、母が玄関から顔を出していた。夕美はほっとしたようなよく分からない心地のまま、おかえり、と返事した。最近、志穂と母の声が区別できなくなっている。やはり、親子なのかも知れない。
「志穂は?」
「煙草買いに行ったって」
「妙ね。逆の方に歩いて行ったわよ」
「そりゃあだって・・・・・・」
夕美は包丁を落としそうになった。今、なんて。
「なんで、お母さんそんなこと知ってるの」
「さっき、志穂と鉢合わせしたもの。でも、なんか余所余所しいというか、私に全く気付いてなかったわ。手も振ったのに、ずっと前見ながら歩いて行った。そんなに嫌われてるのかしらね」
そう言うと、母が寂しそうに苦笑した。いや、違う。夕美は台所を飛び出し、母の隣を駆け抜けた。
「どうしたの急に」
「用事思い出したの。それも急用」
夕美はオーバーコートをばさりと羽織り、寒空の下に出た。今度は私が探しに行く番だ。白い息を吐いて、夕美は小走りになりながら闇夜の道を進んだ。




