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【完結】聖女は死の円環を解く  作者: 干野ワニ
第二幕 屍公爵の弟子

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第11話 最後の幕開け

 私にとっては五度目となる、聖女選定の儀――。

 指定の時間ぎりぎりに礼拝堂へ向かうと、これまでの四度と全く同じ候補者たちがそこにいた。


 ただ一つ違うのは、私がこの国では喪服にあたる、夜空のような深青色(ウォード)のドレスを身にまとっている点だろうか。聖女候補の着るドレスに、特に色の規定はない。だが他の候補者たちは示し合わせたように、清廉さを表すための白いドレスを着ていた。


 フランチェスカ嬢とアレッサンドラ嬢が私の方を見て、ヒソヒソと眉をひそめ合っている。だがこれは、想定通りだった。人は少しでも違うものがいれば、攻撃して集団から排除しようとする。けれども大きく違いすぎるモノには、警戒してしまって逆に手出しがし難いらしい。


 私はあえて挨拶をせずに、まっすぐに女神像へと歩みを進めた。静かな礼拝堂にコツコツというかかとの音が響き、動線上にいたマリネッタ嬢が、フランチェスカ嬢の背後に隠れるように後ずさる。


 女神像の足下に到着すると、軽く背を丸めて台座に嵌った宝玉をじっと見る。想像していた通り、最後の一つである風精を表す紫の宝玉に、明らかなヒビが入っていた。やはり今回が最後の周回(ループ)で、もう、次はない。


 私はゆっくりと身を起こして振り向くと、改めて四人の顔を見た。


「わたくしはアンブロージオ子爵が第一女、ファウスティナと申します。以降、お見知りおきを」


 名乗りを上げて、きっちりとした淑女の礼を取る。するとアンジェリーネ嬢が名乗りを返し、青ずくめの私へにっこりと優雅に微笑みかけた。


「聖女候補たちよ、控えよ。王太后陛下、ならびに王太子殿下のご到着である!」


 そこにアッティリオ祭司長の声が響いて、重厚な扉が開く。こうして、最後の聖女選定の儀が始まった。




 私は「不穏な噂を耳にした」と伝え、手配しておいた女性騎士たちを交代制でアンジェリーネ様に付けた。以前の周回で、護衛が男性だからと夜間の警備が手薄になった隙を突かれたためだ。本当は同時に二名以上で警護に当たりたかったが、あまり多くの戦力を神殿内に入れる許可が降りなかったから仕方ない。


 深青の喪服を着た私にも、アンジェリーネ様は「ファウスティナは変わっているわね」と正直に笑いつつ、それでも変わらず優しく接してくれた。私とアンジェリーネ様がこれまで同様に親交を深める一方で、フランチェスカ嬢たちは相変わらず嫌味を言ってきたけれど、大きな対立に発展することはなかった。


 私は自身にも護衛をつけ、毒にも注意し、万全の対策で事を進めた。選定の儀は、このまま順調に進むかと思われた。


 だが、ある早朝。隣室で鋭い悲鳴が上がり、私は目を見開いた。

 最後の惨劇が、幕を開けた――。



 * * *



 悲鳴の主――アンジェリーネ様の部屋に駆けつけると、人が続々と集まってくるところだった。神殿騎士や神官たちの制服が入り乱れる中に、アンジェリーネ様の護衛につけたはずの女性騎士がおろおろと扉を見ている。


 扉の隙間から濃煙が噴き出ていることに気づいた私は、以前の周で扉を破った瞬間に発生した爆発的延焼(バックドラフト)を思い出していた。


 すぐさま、ここ一年で学んでおいた術の構成を開始する。ここで魔術を使えば、私の魔紋が残ってしまう。そもそも聖女候補には、たとえ殺傷力のない水の壁を出すだけでも、神殿内での攻撃魔術の使用は禁じられているのだ。


(でも助かる可能性が少しでもあるならば、迷ってなんていられない!)


 残念なことに、視認できる範囲でしか魔術は発動しない。だから騎士たちの手で、扉が破れた瞬間――。


水の壁(ムルス・アクア)!!」


 空気が流入するより早く、部屋の奥へと厚い水壁が走る。瞬時に鎮火された室内は真っ暗で、私は部屋の奥に向かって叫んだ。


「アンジェリーネ様! どうか、お返事を……!」


 後をついて入った神官が、すかさず魔術の光を灯す。すると浮かび上がった部屋の中央に、仰向けに横たわる人影があった。


 急いで回復法術を唱えるが、発動しない。生き物の持つ生命の力を高める回復法術は、そもそも命ある者に対してしか効果がないのだ。


「間にあわなかった……」


 前回のような、急激な燃焼で表皮が炭化した状態ではない。だが美しかった顔が灯火に照らし出されると、それは無残に赤く爛れていた。


 前回は燃焼が進みすぎて気づかなかったが、衣服が油らしきものでぬめりを帯び、水を弾いてすべる玉となっている。この(ほの)かな油の香りは、やはり部屋の明かりに使われている灯油だろうか。


 今回もまたお揃いで作った貝彫刻のブローチも、すっかり煤と油で汚れてしまっていた。でも前回と違い完全な炭化を免れていて、背中合わせで微笑む二人の少女の横顔に、雫が玉になってこぼれた。


「なぜ、必ずそばから離れないでって、あれほど頼んだじゃない!」


 私はあふれる涙を拭うことすらできず、まだおろおろとしていた女性騎士に詰め寄った。


「それは……たまには夜ぐらいひとりにさせてくれと言われたので……」


 そうだ、騎士階級の護衛には、内容がなんであろうと公爵令嬢の命令を拒否することなんてできないのだ。四六時中側につかせていたことが、逆にあだになったというのか。


「そんな……」


 それを聞いた私は、愕然とした――だが。私はハッと気づいて顔を上げると、部屋の奥の扉を見た。聖女候補の部屋は二間続きとなっていて、この応接室の奥には、もうひと部屋あるのだ。


「そうだ、寝室! 下手人が潜んでいないか、すぐに調べて!」


「はっ、はい!」


 護衛騎士が返事をすると、すぐに神殿騎士たちが後に続いた。取っ手が焼けついた扉を、騎士が体当たりで開ける。扉の先には、火事など何ごともなかったかのように、いつもの光景が広がっていた。


 遺体の状況を保全、確認し終えた私が奥の間へ向かおうしていると、ちょうど現場に駆け付けてきたアッティリオ祭司長が、気の立った様子で言った。


「ファウスティナ、部屋に戻りなさい! ここは我々神官に任せるのだ」


「いえ、私にも調査させてください。私には、検屍術の心得があります!」


 私は毅然と声を上げたが、祭司長は首を振った。


「駄目だ。即刻遺体から離れよ! そもそも、とっさの火消しのためとはいえ、そなたは禁則である攻撃魔術を使ったらしいな。追って沙汰(さた)を下すまで、自室に戻って謹慎せよ!」


 結局、半ば引きずられるようにして自らの部屋に戻らされた私は、ただ声がかかるのを待つことしかできなかった。悔しいが謹慎を無理に突破したところで、まともな検屍なんてできないのだ。


(ああ本当に、なんで私はこうも思慮が足りないの!? そもそも、ただの聖女候補が、検屍なんてさせてもらえるわけがなかった……!)


 何もせずに座っているのも落ち着かなくて、私は寝室に設置された祭壇の前にひざまずいた。しばらく悶々としながら聖樹の苗木に祈りを捧げていると、状況把握に送り出した私付の護衛騎士が、経過を報告に戻って来た。


 どうやら身に着けていた衣類の焼け残りや装飾品、その華奢な背格好、そして多くの者が聞いた悲鳴の声から、亡くなったのはアンジェリーネ嬢だと断定されたらしい。だがやはり火傷痕から検出されたのは水をかけた私の魔紋だけで、着火は魔法ではなく灯火で行われたのだろうということだった。


 一周目では、悲鳴が上がった時に唯一存在証明(アリバイ)がなかった私に疑いの目を向けられた。今回は深夜のできごとだったから、私以外にもアリバイのない人間が多い。しかし水の壁を使ったことで、やはり私が最も疑われているようだった。


 魔術の使用自体は緊急対応として不問に処されたのだが、「火炎系魔術が与えた損傷による魔紋を水で上書きし、誤魔化すための行動ではないか?」という疑念の声があるらしい。


(こんなんじゃ、一周目と何も変わらない。やっぱり私はバカだ。あれほど決意したはずだったのに……!)


 深い後悔に苛まれていると、扉を叩く音がした。何か、状況に進展があったのだろうか。重い腰を上げて扉を開けると、そこには想像だにしない人が立っていた。


 最後に会ってまだひと月と少ししか経っていないのに、ひどく懐かしく感じるのは、なぜだろう。


「先生……」


「ゆくぞ。検屍をしたいのだろう?」


「っ、はい!!」


 聞きたいことはたくさんあるけれど、今はとにかく時間が惜しい。廊下を足早に歩きつつ、私は端的に口を開いた。


「先生は、なぜここに?」


「以前言っていただろう、聖女候補たちを殺した下手人を突き止めたいのだと。だが君が候補の立場から検屍をしたいなどと言っても、頭の固い神官どもに要求が通るとは思えなかった。だから、もし君が事件の発生自体を防げなかったならば、私が動こうと決めていた。とはいえ聖女候補の変死など、前代未聞のこと。国王陛下のお耳に入れることさえできれば、調査の許可をいただくのは簡単だった」


「ありがとう、ございます……」


「いや、積もる話は後だ。遺体はこの部屋に安置させてある」


 話をしつつ宿坊の階段を下ると、先生は一階の突き当りにある部屋の前で足を止めた。すると扉の左右を護っていた神殿騎士が姿勢を正し、うち一人が取っ手をつかんで押し開ける。


 中を見ると、そこは通常、十数名の巡礼者が泊まれるようにと用意された広間だった。だが簡素な寝台は部屋の隅に寄せられ、代わりに作業に適した高さの木製の台が置かれている。その台の上に、痛ましくも手足が少し畏縮したままの遺体が横たえられていた。


 だが、その頭部を覗き込んでいる者は――。


「何をやっている!」


 先生の怒声が飛んだ刹那、侍女のお仕着せを着た女は、弾かれたように身を起こす。そして手近な窓から飛び出し、あっという間に庭園の茂みの向こうへ姿を消した。



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