579.空奏の魔剣のお試し演奏会
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晴れやかな日差しの下、王城の一角を爽やかな風が吹き抜けていく。
だが、ダリヤは緊張に体を硬くしていた。
王城魔導具制作部三課の塔、その前で、ヴォルフとダリヤ、セラフィノ、グイード、ヨナスという並びで、用意された椅子に座っている。
向かいには少し距離を置いて、セラフィノの護衛騎士であるベガ、そして三課の護衛騎士が三人、騎士服姿で立っていた。
両者を隔てるのは、二つの長机。
その上には、空奏の魔剣がずらりと並んでいる。
魔剣の性能をひっそりと室内で話し合うものと思っていたお茶会は、空奏の魔剣のお試し演奏会となった。
「では、始めてください」
セラフィノのにこやかな声に応え、ベガが空奏の魔剣を構える。
三人の騎士も淀みない動作でそれに続いた。
ヒュン! ベガが鋭く振った魔剣が、空気を切り裂いて鳴く。
続いて、ビュン! ギュンッ! ヒュウ! と、他の騎士達が振る音が続いた。
宙を斬る剣筋が線として描かれる度、音階は高く、鮮やかに響き渡っていく。
四人の騎士が次々に剣を持ち替え、剣を歌わせていく様に、ダリヤは目も耳も奪われた。
低音から高音まで十六音。
それが三度きれいな旋律を奏でると、セラフィノが拍手をした。
「素晴らしい。実に見事です!」
ダリヤ達も続けて拍手を送る。
空奏の魔剣は、曲を奏でる楽器にもなりえる、そう確信できるほど、音階は見事にとれていた。
セラフィノは、少年のように目を輝かせ、隣を向く。
「空奏の魔剣で楽団が作れますね。グイード、こちらで編成しても?」
「オルディネ大公のお望みのままに」
「ロセッティとヴォルフ君も、いいですか?」
突然に視線と話を向けられ、二人でそろって答える。
「た、楽しみにお待ちしたいと思います」
「た、楽しみにお待ち申し上げます」
「初公演の際は、あなた方を招きましょう」
セラフィノは楽しげに笑むと、ベガに視線を移す。
目で命令を受け取った彼が、他の騎士達に空奏の魔剣の片付けを命じた。
三人の騎士が下がると、メイドのモーラが長机に剣を置く。
空奏の魔剣だが、それぞれの柄の部分に、白、黒、赤と紐がつけられていた。
「さて、次はこの音の出ない、いえ、人には聞こえない魔剣ですね。ヴォルフ君、ヨナス君、振るのを手伝ってもらえますか?」
「承知いたしました」
「はい!」
ベガから手渡された一本をヨナスが、もう一本をヴォルフが握る。
それぞれがぶつからぬよう距離をとると、ベガが白い紐のついた剣を勢いよく振り抜いた。
素振りらしく、シュッという格好いい音はするが、それだけだ。
他の空奏の魔剣のように、鳴いているという感じはない。
そんな素振りの音が三度続いたとき、違うものの鳴き声がした。
「メェェ!」
「メェー!」
勢いよく駆けて来るのは、毛刈り済みのすっきりした魔羊達だ。
白と黒、対照的な二匹である。
「やはり、フランドフランもノワルスールも聞こえているようですね」
フランドフランと呼ばれた白い羊が、ベガに近づく。
ぶつからないようにしつつ、彼が再度魔剣を振ると、その前で首を傾げた後、メェェ! と鳴いた。
まるで返事をしているようだ。
ノワルスールはのそりのそりと近づくと、剣の匂いを嗅ぎ――その後にベガの匂いを熱心に確かめ始める。
彼は困惑を目に宿しつつ、そのまま停止していた。
「どう思います、ロセッティ?」
「ええと、珍しい音なので、確かめに来たのでしょうか……?」
「そうかもしれません。せっかくなのでここでおいしいものを与え、呼び笛と同じにできるか試しますか」
セラフィノがそう言うと、モーラがバケツからキャベツの葉を出し、二頭を誘導する。
長机から少し距離を空けたところで、白と黒の羊はもしゃもしゃとそれを囓り始めた。
「次は、ヴォルフ君ですね」
セラフィノに名を呼ばれたヴォルフが、黒い紐のついた空奏の魔剣を手にする。
両手で勢いよく振られた剣が、空気を裂く音を立てた。
だが、あくまで素振りとしての音で、それ以外は聞こえない。
代わりに聞こえてきたのは、複数の駆け足の音だった。
「私にはまったくわからなかったが、犬達には聞こえたようだね」
グイードの言葉通り、やってきたのは王城を警備する夜犬達だ。
その後ろ、衛兵達も駆けてくる。
彼らの顔が青いのは、気のせいではないだろう。
そんな衛兵達を背後に、犬達は何かを探すかのようにうろうろと歩く。
「ヴォルフ君、もう一度振ってみてもらえます?」
「はい!」
セラフィノの命を受け、ヴォルフは再び魔剣を振る。
と、周囲の犬達はその傍らに近づいて伏せ、黒い目を一斉に彼へ向けた。
「えっと……来てくれて、ありがとう」
視線を身に受けたヴォルフが、犬達の頭を撫で始める。
それぞれ尻尾を振っているので、好意的ではあるらしい。
彼が来た犬すべての頭を撫でると、セラフィノが衛兵達へ言った。
「賑やかにしていたので、彼らも気になって見に来たのでしょう。今日は、危険なことはありませんよ」
「――はっ、失礼いたしました!」
一番前の衛兵が緊張の滴る声で返し、一礼して去っていく。
犬達もそれに続いていった。
それにしても、セラフィノが『今日は』と言うあたり、これまでの三課の危うさが察せられる。
ダリヤの言えることではないが。
「これも使えますね。従来の犬笛は人にも聞こえますが、こちらは内緒で犬が呼べそうです」
「失礼ながら――耳のいい一部の者にも聞こえますので、完全とは言いがたいかと」
ヨナスが低めの声で補足した。
おそらく、彼には、その音が聞こえたのだろう。
「なるほど、その注意はしておくべきですね」
うなずいたセラフィノは、ヨナスへ言葉を続ける。
「残念ながら一本だけ、何も呼べない、音もしないものがありまして。ヨナス君、その剣の鳴き音は聞こえます?」
ヨナスが手にしているのは、赤い紐付きの空奏の魔剣だ。
「試させていただきます」
そう言った彼は、一度軽く剣を動かした後、勢いよく三度素振りをした。
風を斬る音が空高く響く。
ダリヤには、それ以外の音は聞こえない。
ヨナスには聞こえるのだろうか、そう思ったとき、彼が魔剣を長机に戻した。
「素振りの音しか聞こえませんね。他の音はなく――!」
声が止まった瞬間、ヨナスは弾かれたようにテーブルを飛び越え、グイードの盾となるようにその前に立った。
同時、ベガもまたテーブルを蹴って宙を舞い、セラフィノの前に着地する。
続いて、ヴォルフまでが机を越え、ダリヤを守るように前に立つ。
それぞれがすぐ短剣を構え、戦う姿勢をとった。
何事かをまったく理解できずにいると、頭上に大きな影がさす。
ダリヤは空を見上げ――動きも息も止めてしまった。
「待てっ! 戻れっ!」
「クアッ!」
薄紅の翼を広げたワイバーンが、甲高い鳴き声を上げながら、低空で旋回している。
巨躯が巻き起こす風圧が顔を叩き、髪を乱す。
「申し訳ありませんっ! ローザマリアが急にこちらへ来ようとして、自分の制御不足です! 罰は私だけにっ!」
ワイバーンの背で、龍騎士が必死に叫んでいる。
セラフィノは椅子に座ったまま、緊張感なく答えた。
「挨拶に来てくれただけでしょう。そうですね……ヨナス君、ちょっと厩舎に戻るよう、彼女に伝えてくれませんか? 時々、おやつをあげているあなたの言うことなら、聞くかもしれません」
「承知いたしました――厩舎に戻れ、ローザマリア!」
「クアッ!」
ヨナスの命令に、ローザマリアと呼ばれたワイバーンは一度だけ短く鳴く。
そして、あっさりと厩舎の方へと飛び去っていった。
ダリヤは緊張が解けぬまま、無言でその背を見送る。
周囲からも声は消えていた。
沈黙を破ったのは、オルディネ大公の軽い声だった。
「この魔剣はワイバーンが呼べるようですね。それとも、ヨナス君だからでしょうか?」
「お答えしかねます。検証が必要かと……」
「ローザマリアの前で魔剣を振って、反応するなら他のワイバーンにも試し、反応しないならヨナス君に試してもらうとしましょう。ベガ、後で厩舎へ行きますよ」
「はっ!」
話が進む中、グイードだけが小さくつぶやいた。
「……ローザマリア……?」
・・・・・・・
その後、セラフィノの指示で一行は三課の客室へと移動した。
そこへ件の龍騎士が駆け込んできて、床に額を擦り付けんばかりの勢いで謝罪した。
ローザマリアという名のワイバーンに乗る龍騎士によれば、国境へ書簡を届け、王城へ帰還しようとした矢先だったという。
厩舎に着陸しようとした際、ローザマリアは呼ばれたかのように三課へ向かい、上空を旋回し始めた。
昨日、ワイバーンたちは出払っており、空奏の魔剣の確認時にはいなかった。
だからこの反応は今日初めてわかったことである。
セラフィノは龍騎士に一切の咎めはないと告げ、むしろ迷惑をかけた詫びにと、新しい鞍提供を申し出ていた。
ようやく顔に血の気を取り戻した龍騎士が部屋を出て行くと、ダリヤの方がほっとする思いだった。
「ヨナス君、武具工房長としての意見はありますか?」
「ローザマリアがちょうど聞こえる範囲にいたという可能性もあります。ワイバーンの個体ごとに呼べるかどうか、他の空奏の魔剣にも反応するかどうか、その検証が必要ではないかと」
「確かにそうですね。グイードはどうです?」
「うまくすれば飼育に使えそうだ。国境街の幼いワイバーン達にも聞かせてはどうかな? 慣れるのも早いかもしれない」
「ストルキオス経由でエルード君に確認してもらいましょう。ヴォルフ君、何か気がついたことはありませんか?」
「魔物で聞こえるものがあれば、遠征の追い込みや威嚇に使えるかもしれません」
「それも便利そうですね。魔物討伐部隊に、遠征で空奏の魔剣を持っていってもらって――グラート隊長に相談してみましょう。野生のワイバーンを呼ばれては困りますが」
他の意見を即座に取り入れて実行の道筋を立てる、緊張させぬよう話術もうまい。
セラフィノは本当に上司向きである。
しみじみそう思っていると、自分の名が呼ばれた。
「ロセッティ、空奏の魔剣の制作時に、音をそろえるのは可能ですか?」
「厚さ、重さ、形状、付与する者とその魔力を記録し、絞っていくことはできるかと思います」
言うのは簡単だが、付与の魔力に関しては、各自、魔力の違いがあるので難しい。
ひたすらに記録を取り、検証していくしかないだろう。
「ヨナス君、スカルファロット武具工房で、偶然を数字に変えてもらえます? 代価は支払いますから」
「ご期待に添えるよう努めてまいります」
ヨナスが武具工房長としての言葉を返す。
その横、グイードが少しだけ身を乗り出した。
「私は素通りかい、セラフィノ?」
「グイードには別のお願いがありますよ。空奏の魔剣をもう百本ほど準備し、アルドリウス殿下に献上してください。彼からストルキオス殿下に一部を回し、国境のワイバーンに使用するという形を取りたいので。代わりに、スカルファロット領地までの道の拡張費用は、国で半額負担しましょう。支払いは来年になりますが」
「願ってもないことだが、王城財務部長からのお叱りはないかな?」
「いざとなれば、王族予算から引っ張りますよ。それぐらいの余力はありますから」
「それは、『問題のない金貨』かい、セラフィノ?」
「金貨は金貨ですよ、グイード」
王国の政治というものは、政務部ではなくこうしてお茶の席で決まっていくのだろうか。
できれば自分のいないときにしてもらいたい、胃に悪い。
「ところで、糸付き拡声器の件ですが。ウロス部長と叔父上――カルミネ副部長からの報告では、それなりの距離が通話範囲になったそうです。具体的には、王城の端から端ですね」
「え……?」
いきなり長い距離になっているではないか! ダリヤは驚きに声を止めてしまった。
他の者達も目を丸くしている。
「王城の伝令がいらなくなりそうだね」
「ええ、その日も近いでしょうね。拡声機能を三段階引き上げたので、とてもよく聞こえました。ここ数日は糸を曲げても音が伝わるようにできないかと試行錯誤中で――本来であれば今日お見せしたかったのですが、話を聞くのも数日待たないと無理そうです」
「外部連絡を断つほど、研究に打ち込んでいらっしゃるのですね……」
研究熱心なウロスのことである。
魔導具制作部の一課、自室にこもって研究しているのだろう。
そう思う自分に、セラフィノが言葉を続けた。
「熱心に打ち込んでいるのは確かですが――ここだけの話にしておいてください。ウロス部長は昨日、テリオス殿が襟をつかんで屋敷に持ち帰られました。食事をきちんとさせ、体重が戻るまで登城させないそうです」
「は、早いご回復を、お祈り申し上げます……」
テリオス――ウォーロック公は、無理をする弟を心配して屋敷に連れ帰ったらしい。
気遣い深い彼らしいと思えた。
「カルミネ副部長は、明日以降であれば目が覚めるかと思うのですが」
「一服盛ったのかい、セラフィノ?」
「テリオス殿を見習い、私も親族らしいことをしただけですよ。少々臭う上、目の下の隈が常駐している叔父上に」
手段が不穏なのだが、仕方がないとも思えてしまう。
夢中になって周囲が見えなくなるのは研究者と職人あるあるなので、ブレーキ役はありがたいものだ。
そう納得していると、周りの目が自分に向いているのに気づいた。
「ダリヤ、くれぐれも無理はしないで」
「そうだね、ダリヤ先生にはくれぐれも安全な日々を願いたいね」
ヴォルフとグイードによく似た笑顔で言われた。何故だ。
ヨナスとベガが、そっと自分から目をそらすのも、何故だ。
ダリヤは気をつけます、と返しつつ、視線をセラフィノへ移す。
彼は両の指を組み、自分へ目を細めていた。
「ウロス部長から、つないでいる糸に魔鳩を止まらせない方法を相談されましたが、どうしたものかと考えているところです。魔鳩達が伝令役を取られるのを嫌がっているのかもしれません」
他にも止まるところは沢山あるだろうに、わざわざ糸付き拡声器の細い魔絹の糸に止まる魔鳩。
しかし、彼らの執着と好奇心と行動力を舐めてはいけない。
以前、魔鳩の被害に遭いまくったスライム養殖場、その所長による全力の対策を思い返しつつ、ダリヤは言った。
「魔鳩避けでしたら、ワイバーンの皮を燻ったものがお勧めです」
「では、それを糸にしっかりとつけてみましょう」
おそらく、これで糸付き拡声器の糸は守られるに違いない。
そこからしばらく、空奏の魔剣、そして糸付き拡声器に関する質疑応答が続く。
そして、グイードが政務棟での会議へ向かう時間で、解散となった。
グイードとヨナスが先に部屋を出て、その後にダリヤとヴォルフが続こうとする。
セラフィノはソファに座ったまま、自分へ声をかけてきた。
「忘れるところでした。ロセッティ、東ノ国から素材の染料が入りますので、届いたら分けましょう。いつかの開発に期待しますよ」
「ありがとうございます」
以前、貸し借りをなくすため、珍しい素材が入ったら分けると言われていた。
ここはありがたく受け取っておくべきだろう。
「ヴォルフ君、いろいろとにぎやかになってきたようですが――ロセッティの助手、そして護衛としての働きに期待していますよ」
「はい!」
ヴォルフが強い声で返事をしていた。
よほど自分は危ういと思われているらしい。
床で朝を迎えての昨日なので、まったく否定できないが。
三日月を横にしたような唇で、セラフィノが自分達へ笑う。
「本当に、期待していますとも――」




