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578.やらかしの謝罪と確認

「服はこれでよかったかしら……?」


 ダリヤは口の中だけで小さくつぶやく。

 紺色のワンピースに、雪の結晶模様のイヤリングとネックレス、濃紺のハイヒール。

 化粧は控えめ、髪はきつめに結い上げた。

 全力の謝罪スタイルである。


 スカルファロット家別邸の廊下を、塔に迎えに来てくれたソティリスの先導で歩く。

 ここ一番のときに使うレッドワイバーンの胃薬でさえ、効きが足りないようだ。

 しくしくと胃が痛い。


「ダリヤ!」


 自分の名を呼んだヴォルフが、廊下の向こうから早足でやってくる。

 それだけで、胃の痛みが半分になった気がした。


「ごめんなさい、ヴォルフ。また迷惑を――」

「いや、俺のためにしてもらったことだから。ダリヤはもう、俺に謝らないで」


 謝罪を止めつつ、ヴォルフが自分に優しく微笑む。

 そこにあせりや戸惑いはまるでなく――何だろう、いつもとちょっとだけ違う気がする。

 けれど、それを言葉にはできなかった。


「兄上とヨナス先生が待っているから、案内するよ」

「えっ? もうですか?」


 てっきり王城から帰るグイードを待つつもりでいたのだが、違ったらしい。

 そこからはヴォルフの案内で、グイード達の元へ向かった。


 入ったのは眺めのいい客室、以前の窓のないお叱り部屋ではなかった。

 いや、安心はできないが。 


 部屋の奥、すでにグイードとヨナスがソファーに座っていた。

 ダリヤは開口一番、謝罪を口にし、頭を下げる。


「この度はご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

「謝罪は確かに受け取った。今回のことで私がダリヤ先生に対し、責を追及することは一切ないよ」


 拍子抜けするほどあっさりと言われ、ソファーを勧められる。

 ダリヤは困惑しつつも、ヴォルフと共に座った。

 向かいのグイードはそこで再び口を開く。


「私はスカルファロット家当主として、ダリヤ先生に謝罪する。弟が、うら若き淑女のところへ深夜に行き、馬を馬場にも預けない、従者の一人も連れて行かない、そのまま朝。貴族男子としてはあるまじきことだ」

「俺が浅慮せんりょであったことを、お詫び――」

「いえ、お二人とも謝罪は不要です。呼び止めたのも、魔導具の実験も、私が言い出したものですから」


 今度は自分が、二人からの謝罪を止める形となった。

 ヴォルフを元気づけたかったのは確かだが、やらかしがそれで消えるわけではない。


 魔剣製作の一段階前、その実験を塔で行った。

 そして、ヴォルフを魔導具で眠らせ、床で朝を迎えさせた。

 どこをどうとっても自分の考え無しである。


「そうは言っても、世の中には自分に都合のいい誤解と噂話を好む者がいるからね。今回のことで、二人とも条件のいい縁談が消えるかもしれない。今後の名誉と縁談に差し支えることが無いよう、徹夜で実験中だった、他家の女性や魔導具師もいた、といった嘘をく手もある。今後のためにそうしておこうか、ダリヤ先生?」


 グイードの提案に、素直にうなずくことができなかった。

 これまでも何度か、噂の対象になったことはある。

 けれど、自分が大切に想う友人や仲間がわかってくれればそれでいい、そう思ってきたからだろうか。

 ダリヤは一拍遅れで返事をした。


「――いえ、不要です。噂は時間が経てば消えますし、縁談もいりませんので」

「ヴォルフはどうだね?」

「この先ずっと、俺に一切の縁談は不要です、兄上」


 ヴォルフがきっぱりと言ったことで、肩から力が抜けた。

 彼が女性との面倒事に巻き込まれぬよう、自分が壁になれるならいい。

 低すぎる壁で残念だが――ダリヤはそこまで考えて、はっとする。


 どうやら自分にも、独占欲というものがあったらしい。

 先ほど素直に願えなかったのは、己よりヴォルフに縁談がくるのを止めたかったからだ。


 遅れて気づいた想いに顔が赤くなりかかるのを、息を吸って全力で止める。

 視線を泳がせたとき、こちらを見つめる錆色の目に気づいた。


「あの、ヨナス先生、何か?」

「ダリヤ先生であれば、高位貴族、財力のある家、魔力の高い相手、魔導具の素材も金銭も自由に望める相手もお選びになれるかと。その機会を逃すのは、もったいないとは思われませんか?」

「ここで自分の売り込みかい、ヨナス?」

「ヨナス先生……」


 ヨナスの言葉に、グイードが苦笑し、ヴォルフが低い声を出す。

 冗談に笑みながら、ダリヤはただ首を横に振った。


「残念なことです」

「ヨナス先生……」


 残念さが微塵みじんも感じられぬ笑顔のヨナスに、ヴォルフが眉を寄せている。

 このくらいのからかいは自分でも対処できるようになったので、このまま流してもらいたい。


「さて、話がずれたが、ここからはダリヤ先生の貴族後見人としてのお願いだ」

「はい、どのようなことでしょうか?」


 グイードの言葉に、ダリヤは背筋を正した。


「ヴォルフの魔剣を試作する際――その実験も含めて、この別邸の作業場で行ってくれないかな。それを守れるなら、二人で深夜に作業をしようと、七日続けて試作しようとかまわないから」

「食事と睡眠はお忘れなきよう」


 二人に続けて言われ、内容に深く納得する。

 ヴォルフを見れば、彼も自分を見ていた。

 互いにうなずくと、同時に口を開く。


「お約束します」

「約束します」


 重なった声に、グイードが満足そうにうなずく。

 そうして、足を組み替え、姿勢を少しだけ崩した。


「さて、私からも報告があるんだ。この前、ダリヤ先生がセラフィノからもらいすぎだと言っていたから、しっかりお礼をしたよ。空奏くうそうの魔剣を百本、朝一番で三課へ届けた」

「私は止めました」


 笑顔のグイードに、渋い表情かおのヨナスが続く。


「百本、ですか?」


 以前のあの言葉は冗談ではなかったのか。

 いくらなんでも多過ぎはしないか、ダリヤはつい、オウム返しをしてしまった。

 けれど、向かいからいい笑顔が向けられた。 


「ああ、音域が違うものを交ぜてね。二十本ほど音の出ないものも交じっているが、誤差だね」

「兄上……」


 それは嫌がらせというものではないだろうか。

 いや、音の出ないものも、騎士の素振り用としてある方がいいのかもしれない。

 ダリヤがそう思っていると、ヨナスが言った。


「ザナルディ様の護衛騎士の方が、三課の前で一本ずつ振っていらっしゃいました」


 ベガが確認役をおおせつかったらしい。

 その苦労がしのばれる。


「あんな笑顔は初めて見たよ。今頃、全部の仕分けが終わってるんじゃないかな」


 訂正、ベガも楽しそうでよかった。

 音階の仕分けは大変そうだが。


「ところで、ヴォルフ。秋にはダリヤ先生を連れて領地へ行くのかな?」

「そうできればと思っております。ダリヤ、一緒に行ってもらえるだろうか?」


 少し硬い声のヴォルフに悟る。

 スカルファロット家の領地で筆頭魔導具師のリチェットから言われた、研究と開発の誘い。

 ロセッティ商会の仕事もあるが、ぜひ、ヴォルフと一緒に行って加わりたい。 


「もちろんです。少しでもリチェットさん達のお手伝いができればと思います」

「ええと、それと、俺の叙爵式の後で――」


 ヴォルフが言いかけたとき、少し強めのノックが響いた。

 ヨナスが了承を返すと、ドナが滑り込むように入ってくる。

 その表情かおが、いつになく硬く見えた。


「グイード様へ、王城よりお手紙です」


 差し出された封筒を受け取ったのはヨナスだ。

 封筒を裏返すと、動きがぴたりと止まる。

 錆色の視線はそのままに、問いかけがなされた。


「ザナルディ様からです。開封しても?」

「ああ」


 ヨナスは懐からペーパーナイフを取り出して封を開くと、グイードへ渡す。

 受け取った彼が視線を動かし――深く眉を寄せた。


 ダリヤはヴォルフと共に身構えてしまう。

 もしや、また九頭大蛇(ヒュドラ)のような強い魔物が出たのでは、そう思ったとき、向かいで深いためいきが落ちた。


「すまない、二人とも。私が、『やらかした』……」

「え?」

「兄上?」

「セラフィノに贈った空奏くうそうの魔剣で、音の出ないものの一部だが、振ったら三課の魔羊まようが走って来て、その後に王城の犬も来た。それと、王城周回の馬も動きが乱れたそうだ……」


 人間と動物では可聴域――聞こえる音が違ったのだろう。


「俺は止めたぞ」


 ヨナスが再びきっぱりと言う。


「ほんの出来心だったんだ」


 うるり、青い目が光り、目尻がちょっとだけ下がった気がする。

 ヴォルフとそっくりだと思ったが、絶対に口にできない。


「ですが、魔剣で羊や犬が呼べるなら、調教に利用できるのではないでしょうか? 犬笛のように、便利に使えるかもしれません」

「ヴォルフの言う通りだ。だが、使い方によっては、屋敷の警備の犬を攪乱できるし、騎馬の動きを乱すこともできる、人の聞こえない音でな」

「……あ!」


 それはちょっと、いや、かなりまずいかもしれない。

 ダリヤはじわりとこめかみに汗をかく。


空奏くうそうの魔剣の話をしたいし、糸付き拡声器の話もあるから、明日、皆でゆっくりお茶を飲もうというお誘いだ」

「兄上、その、皆というのはどこまでで……?」

「私とヨナス、そして空奏くうそうの魔剣の開発者達だね」


 明日はヴォルフと出かける話をしていたのだが、木っ端微塵になったようだ。

 顔を見合わせ、お互いの困惑を確かめるしかない。


「明日までに、重い風邪をひく方法はないかな?」


 グイードの問いかけに、三人はそろって苦笑した。

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― 新着の感想 ―
自分は止めたと、二度言うヨナス先生が面白かったです。部屋に入って来た時のグイード兄さまの笑みと、ヨナス先生の眉間の皺は、これだったんですね。翌日行われる、お茶会という名の集まりがとても楽しみですが、も…
物語も更新も明日が楽しみです(爆)
これで、やらかし仲間がふえたね!!
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