570.大公への説明と提案
・月刊コミックガーデン1月号『魔導具師ダリヤはうつむかない ~Dahliya Wilts No More~』第50話後編、掲載です。
・『魔導具師ダリヤはうつむかない』13巻、1月23日に発売です。
どうぞよろしくお願いします。
「会長、これからどうしますか?」
魔物討伐部隊員の半数は残っているのに、廊下はとても静かだ。
そのせいか、マルチェラの声はよく通った。
「打ち合わせは延期ですから、商会部屋で書類を確認したいと思います」
書類は急ぎのものではないが、前倒しで終わらせておく方がいいだろう。
そう思いながら答えていると、廊下の向こうから早足でやってくる者と目が合った。
「急なことで失礼します、ダリヤ先生。これからお時間をいただけないでしょうか?」
「何かありましたか、ヨナス先生?」
もしや、不死者の他に何か強い魔物がみつかったか、それとも考えつかないような問題が起こったか、心配をこめて尋ねると、ヨナスは一歩距離をつめてきた。
「ザナルディ様が例の魔導具について話を伺いたいと。ダリヤ先生の予定が空くまで待つとおっしゃっています」
「すぐ参ります」
ささやきに即、答える。
王族を待たせるわけにはいかない。
そうして、別邸行きを変更し、ヨナス、マルチェラと共に魔導具制作部三課へと向かった。
「よく来てくれました、ロセッティ! ヌヴォラーリ君もようこそ」
「すまない、ダリヤ先生。セラフィノがどうしてもと言うのでね……」
魔導具制作部三課の塔、地下の一室で待っていたのは、セラフィノとグイードだった。
窓のない部屋、彼らの座る丸テーブルを、ダリヤとヨナスも囲む。
グイードはあまり機嫌がよろしくないらしい。
時折、耳の後ろを指で押し、眉間には薄く皺を寄せている。
対してセラフィノは、一目で上機嫌とわかる表情だった。
「『糸付き拡声器』、これはとても面白いものですね!」
テーブルの上には、銀のコップを銀の糸でつないだものがある。
そして、部屋の壁際には、銀のコップ二つを支柱に固定したものが二本、端と端に立てられていた。
すでに実験した後らしい。
「距離があっても聞こえるのは素晴らしい! ささやきまではっきり聞こえるのに大笑いしましたよ」
「その大笑いをさらに大きくして聞かされた私の身にもなってくれ。まだ耳が痛い……」
「実験の貴重な犠牲ですね」
しれっと言ったセラフィノに、グイードがひんやりとした青の目を向ける。
コホン、とヨナスが咳を一つ落とした。
「ところで、歌劇場の拡声器はロセッティの父君の開発品でしたね。その流れでこちらを開発したのですか?」
「はい。それもありますが――」
セラフィノの質問に対し、ダリヤはこの夏休み、ヴォルフが森妖精の口づけで声が出にくくなったこと、会話をしやすくするために作ったことを話した。
これは前もってグイードと打ち合わせをしていた内容でもある。
問題はないはずだ。
聞き終えたセラフィノは、こくこくと二度うなずいた。
「なるほど、必要に迫られてということですね」
その通りである。
ダリヤもまたうなずいた。
そこへ、メイドのモーラがコーヒーを運んで来た。
ダリヤは勧められたミルクジャムをコーヒーに入れ、スプーンで混ぜる。
護衛とはいえ、マルチェラを斜め後ろにおいて自分だけが飲むのは、いまだ慣れない。
そこからは糸付き拡声器の材質の話になる。
セラフィノの質問と提案は多岐にわたった。
糸の素材として天馬の尾や棘草魔の繊維などの魔物素材はどうか、銀のコップを金やミスリルにしたらどうかなど、答えに窮するものもあったが、それは今後の実験としてお任せすることにした。
一通り説明を終えると、ダリヤはコーヒーで喉を潤す。
と、細い水色の目が自分に固定されたままなのに気づいた。
彼はまだ質問があったらしい。
「セラフィノ様、他に何か――」
「興味本位な質問ですが、コップで音をつなぐという奇抜な発想は、どうやったら生まれるものです?」
問いかけに質問がかぶせられる。
だが、ダリヤが答えようとしたとき、グイードが先に口を開いた。
「少しばかり失礼な聞き方じゃないかな?」
「興味本位だと言ったではないですか。ロセッティはじつに面白、いえ、発想豊かな魔導具師ですから、同じ魔導具師として、発想のきっかけを知りたいと思うのは当然でしょう」
自分はセラフィノの頭の中で、面白枠に入れられているらしい。
納得できない。
もっとも、前世の糸電話からというのは確かに独特だろう。
だが、今回はもう一つ、理由があるのだ。
「エリルキアからの本を読んで、それがきっかけになりました」
「エリルキアの研究書です? どうやって入手しました? あちらではもう通った技術ということです?」
続けて質問を連ねるセラフィノに、慌てて返す。
「いえ! 友人に薦められた小説で、作者がエリルキアの方です。主人公の敵役が、壁にコップを当てて隣の部屋の音を聞くシーンがありまして、そこから――」
「ぜひ読みたいですね。題名を教えてください」
にこやかな彼に対し、ダリヤは声をどうしても小さくしてしまう。
「――『黒騎士物語~愛しき君と二度目のダンスを』、です……」
ルチアに勧められた黒騎士物語はシリーズ物である。
何巻かあるので、副題も入れなければならない。
冒険がメインの小説なのだが、副題を入れると恋愛物に聞こえる。
かといって恋愛物ではなく冒険小説だとここで説明するのも、何かが違う気がする。
ぐるぐるする自分の前、先に口を開いたのはセラフィノだった。
「モーラ、今の本を三冊、あと、その作家の本をすべて、翻訳がなければエリルキア語のものも全部注文してください、今すぐに」
了承の声と共に、モーラが消えるように部屋を出た。
セラフィノの手元には黒騎士シリーズと白騎士シリーズが全巻そろうようだ。
エリルキア語を翻訳なしで読めるのはさすがである。
「ダリヤ先生、それは黒騎士シリーズの四冊目でしょうか?」
「はい。ヨナス先生もお読みになりました?」
「同じものを読んでおりましたが、そのシーンは読み流しておりました」
「私も今度読むことにするよ」
ヨナスはすでに、グイードはこれから読むことになりそうだ。
遠征から戻ったらヴォルフにも勧めてみよう、そう思ったとき、名が呼ばれた。
「ロセッティ、双方向でやりとりをするというのも、その本がきっかけですか?」
「いえ、二つを使って双方向で会話をするのは、ヴォルフの提案です」
聞きながら話したいと希望したのは彼である。
糸電話しか頭になかった自分は、そう言われてようやく二つ準備し、双方向にしたのだ。
「やはりヴォルフ君は、助手として有能ですね」
「え?」
「グイード、あなたの弟を魔物討伐隊から家の魔導具工房に移して、ロセッティと組ませなさい。共同開発をさせたら、今後も楽しいものをたくさん作ってくれそうです」
「セ、セラフィノ様?!」
突然、何という提案をするのだ?
自分はうれしくても、ヴォルフの魔物討伐部隊という仕事を奪うのは駄目だろう。
けれど、グイードはいつもの二分の笑みで答えた。
「それはヴォルフ本人の選ぶことだ。兄として、いずれそうなればと思っているがね」
「今すぐでもいいのでは? 魔物との戦いで、もしもがあってからでは遅いでしょうに」
カチャン、目の前のコーヒーカップに指をぶつけ、音を立ててしまう。
ダリヤはあせったが、誰もそれに触れることはなかった。
わずかに指にはねたコーヒーをハンカチで拭いていると、再び話を振られる。
「ロセッティも、ヴォルフ君が助手なら何かといいでしょう?」
「――有能な方ですが、魔物討伐部隊で大事な職務がありますから」
「あなたの助手、兼、護衛騎士としてその有能さを活かした方がいいと思うのですが。ああ、ヌヴォラーリ君が不足と言っているわけではありませんよ」
「いえ、私はまだまだ力不足で――ご不安で当然かと思います」
ダリヤの後ろ、いきなり巻き込まれたマルチェラが、なんとか受け流した。
「言いづらいです? 一応、これでも王族ですから、私からヴォルフ君に二度言いましょうか?」
その声は軽く、表情は柔らかい。
けれど、王族から二度命じられれば、基本、拒否できない。
ヴォルフが自分の助手として隣にいてくれる、オルディネ大公が命じれば決して断ることなく、今すぐにでも――
とても魅力的に感じる提案だが、ダリヤは首を横に振る。
「進路は本人の選ぶことです。どうかご容赦ください」
己の声が、少し濁って聞こえた。
どうか、誰も気づきませんように――ダリヤはそう願うしかない。
短い沈黙の後、返ってきたのは浅い吐息だった。
「我ながら、いい思いつきだと思ったのですが……」
「思いつきで王族命令を提案しないでくれないかな?」
「使うところがそうないのですから、たまにはいいでしょう」
軽口を叩き合った後、グイードはテーブルの上の糸付き拡声器に手を伸ばす。
「ところで、この開発についてだが、病院と神殿に納める医療向けはこちらで、連絡用の中距離は王城魔導具制作部ということでいいかな。もちろん、スカルファロット家の魔導具師も噛ませてもらうが」
「いいですとも。私としてはこの話を持ってきてもらった時点で、最大限あなた方の希望を通す選択肢しかありませんよ。人員と協力してくれるところはもう少し欲しいですが」
糸付き拡声器は無事、それぞれの担当に分かれて開発されそうだ。
しかし、王城魔導具制作部のカルミネや、スカルファロット家の魔導具師は、疾風船の改良という仕事もある。
人員不足は否めない。
「どこか組み入れたいところはありますか、ヨナス君?」
「できましたら、ドラーツィ家の者を。土魔法持ちと、土魔法に詳しい魔導具師がおりますので、建物での実験にお使いいただけるかと思います」
「いいですね。こちらから声をかけますが、ヨナス君からも話は通しておいてください」
「ありがとうございます」
ちょうどいい協力者だと納得していると、自分にも質問が飛んだ。
「ロセッティに希望はありますか?」
「運送ギルドはいかがでしょう?」
咄嗟に浮かんだのは、手紙や伝言を扱う者達だった。
「運送ギルドですか。理由を聞いても?」
「庶民の手紙や伝言はほとんどが運送ギルドですから、伝達の面で良い助言がいただけるのではないかと。あと、私の部下のマルチェラ・ヌヴォラーリとメッツェナ・グリーヴは、運送ギルドでお世話になっておりましたので」
「そういったつながりですね。 わかりました、ウォーロック公にお知らせしましょう」
ここで何故、ウォーロック公爵が出てくるのだろうか。
自分の疑問は、隣のヨナスに見透かされたらしい。
声を落として言われた。
「運送ギルド長は、ウォーロック公のご令孫です」
ウォーロック公にお世話になっておきながら、その家の仕事を増やす可能性が出てきた。
冷や汗をかきそうになっていると、話は再び動き出す。
「ウォーロック公つながりで、糸付き拡声器改良の指揮は、ウロス部長に担っていただきましょう。私と違い、誰も文句は言わないでしょうから」
「セラフィノとしては、惜しくないかい?」
「私は現場に入り浸れて結果が見られればそれで。集音関連は、ウロス部長の得意とするところですしね」
そこで思い出す。
王城魔導具制作部長であるウロスは『音集め』――一定の集音効果がある、補聴器のような魔導具を作っていた。
彼であれば、糸付き拡声器もいい形で改良してくれるだろう。
それにウロスはウォーロック公の弟だ。
運送ギルド長の負担も軽減してくれるはずだ、きっと、そう願いたい。
「おっと、もうこんな時間だ。会議があるので、ここまでにしよう」
「グイード達は行ってかまいませんよ。ロセッティとは、もう少し話を――」
「遠慮してくれないか、セラフィノ。ダリヤ先生は、我が家で医療向けの糸付き拡声器の改良をしてもらう予定だ。病人とその家族にしてみれば、今すぐにでも欲しいものだからね」
「はい、これから別邸で取りかかりたいと思います」
グイードの言う通りだ。
隊の遠征で注意が散漫になっていたが、急ぐべきは病人向け魔導具改良で、提出期限が先の書類ではない。
すぐ別邸に移動し、しっかりと考えなくては――
気合いを入れるダリヤへ向け、大公はいつものように笑んだ。
「残念ですが、仕方がないですね。次は、ヴォルフ君と一緒にどうぞ」




