567.糸付き拡声器の改良
・公式X、寺山電先生『まどダリ』
FWコミックスオルタ様、彩綺いろは先生、『服飾師ルチアはあきらめない』
赤羽にな先生『魔導具師ダリヤはうつむかない ~王立高等学院編~』
最新話更新となりました。
どうぞよろしくお願いします。
「こんにちは、ヨナス先生」
「お忙しいところを失礼します、ダリヤ先生」
夏休みも明日で終わりだというのに、ダリヤはまだスカルファロット家の別邸にいた。
ヴォルフの声のかすれと唇の赤さは三日で治ったが、喉の調子は完全ではない。
『まだ体調が心配だから、出歩くのは避けてほしい。かといって屋敷にこもっていても暇だろう。私も妻子と過ごす約束があるので、申し訳ないが一緒に過ごしてやってくれないか』、そうグイードに願われ、ダリヤ自身もヴォルフが心配だったので受けた形だ。
翌日から、二人で糸付き拡声器の改良や、読書や料理などを満喫した。
本日も陽光眩しい廊下の端と端、二本の銀線でつながれた銀のコップ二つに向かっている。
こちらはメイドとダリヤ、廊下の向こうはヴォルフとドナ。
声の通りを確認しているところへ、ヨナスが来訪した。
「先日より、ヴォルフとの距離が遠くなっていますね」
「え、ええと、実験のためです……!」
上ずりかけた声を叩く勢いで平らにする。
ヴォルフとの距離を指摘されたが、実験上必要なことだ。
至近距離に長くいると余計なことを考えてしまうからなどでは、けしてない。
「グイード様はどちらに?」
「今日は庭でピクニックだそうです。ローザリア様とグローリア嬢と一緒に」
ヨナスの後ろ、ついグイードを探してしまったが、今日は本邸で家族と過ごしているようだ。
じつに夏休みらしい過ごし方である。
「私もドラーツィ家、グッドウィン家、ファーノ家、それぞれに一泊して参りました。鍛錬に飲みに編みと、忙しかったです」
「充実した夏休みですね」
ヨナスの実家のグッドウィン家、養子先のドラーツィ家、養子の中継ぎの家となったルチアの家、それぞれ楽しかったらしい。
悪戯っぽく笑った彼に、ダリヤも笑い返す。
と、『ヨナス先生! 夕食をご一緒しませんか?』、そんなヴォルフの声が、目の前の銀のコップから響いた。
こちらの会話が聞こえていたらしい。
ヨナスが声の方へ向いて了承を返す。
そこで、ダリヤはもう片方を手で示し、糸付き拡声器の改良版を説明することにした。
「ヨナス先生、そちらのコップは受け側――聞く専用です。こちらに話すと、ヴォルフに聞こえます」
「糸付き拡声器が二つ、ではないのですか?」
「二つで一つです。話しながら聞けます」
二本の線の先は銀のコップ、それぞれ、受け側と話す側だ。
相手の話を受け側で聞きつつ、話す側で声を伝えることができる。
「話しながら、聞ける……」
復唱と同時、ヨナスの錆色の目が細まった。
なんとなく緊張感をおぼえたダリヤは、少しだけ声を落として続ける。
「ヴォルフの提案です。聞く話すを交互にするより、いっそ二つを同時にできればと……その方が便利ですし」
嘘ではない。
『いつものようにダリヤと話したい、これがいっそ二つあれば――』、そう彼が言ったのが始まりだ。
即、取りかかったのは自分だが。
魔導具での音の増幅は、両方向より、一方向の方が簡単である。
二本は手間に見えるかもしれないが、回路はより簡単に、使用素材の入手もしやすく、お手頃に制作できると力説したところ、錆色の目は笑みの一本線になった。
どうやらヨナスにも納得してもらえたらしい。
ダリヤが安堵していると、銀のコップの向こうから、再びヴォルフの声がした。
『ヨナス先生、前とは別の小型拡声器もできています。きっと便利だと思います!』
彼の言う通りだ。
病人向けの小型拡声器が、客室のテーブルにある。
次にグイード達が来たときに報告しようと思ってのものだ。
せっかくヨナスが来てくれたのだ、先に見てもらった方がいいだろう。
「ヨナス先生、お時間がありましたら、ご覧いただけますか?」
「ぜひ、とても、楽しみです」
抑揚控えめに答える彼の前、ダリヤはメイドと共に糸付き拡声器の片付けを始める。
廊下の向こうからは、ヴォルフとドナが糸を巻き取りながらやってきた。
ここからはしっかり説明しよう、そう思いつつ、ダリヤも糸の巻き取りを早めた。
・・・・・・・
「病人用はこちらです。寝たままで話せ、ささやきがそれなりに大きく聞こえます」
最初に出したのは、糸付き小型拡声器。
音量を上げる効果は一方向のタイプだ。
糸電話を元にしていたので双方向ばかり考えていたが、ベッドの横、病人の声だけを大きく聞こえるようにしたいなら、これで足りる。
「かすれ声でも、ささやいても、よく聞こえると思います」
ヴォルフが銀のコップにささやけば、受け側であるこちらの銀のバケツでは、通常と同じほどに聞こえる。
大きい声を出されると、耳が痛くなるほどだ。
「なるほど……確かにその用途なら一方向で足りますね。病人の耳が遠い場合は、糸付き拡声器の方がいいかもしれませんが」
「病人の状態にもよりますが、動きづらいときは、魔導具の『音集め』の方が向いているかもしれません」
以前、王城魔導具制作部でウロスが見せてくれた魔導具、『音集め』。
銀に虹色の巻き貝のような形のそれは、一定の集音効果を持つ補聴器のような魔導具だ。
「あ、でもお値段的には、この小型拡声器が一番お手頃です」
音集めは、角兎の骨の他、蛇大亀の甲羅などを使うので、少し値が張る。
このため、貴族や少し裕福な庶民向けだ。
また、使い手によって音量調整もいるので、病院で小型拡声器を低価格で貸し出せないかと思っている、そんな説明をすると、ヨナスに尋ねられる。
「先程、廊下の端と端で試されていましたが、距離はもっと伸ばせますか?」
「はい、伸ばせます。一方向の増幅で、より安定して音が届けられますから」
「横からすみません。それ、三階と庭でもつなげて同時に会話できました。めっちゃ便利ですよ! 庭から調理場まで直通なら、ガーデンパーティーの料理がいつも完璧にそろえられるって、ヨハンも欲しがってました」
会話に加わってきたドナに思い出す。
料理人のヨハンは、手が空いている時間があるからと、糸付き拡声器のテストを手伝ってくれた。
庭でとてもいい笑顔だったのは、自分の仕事の便利さにもつながっていたからかもしれない。
「確かに、伝声管と違って、設置も簡単で便利です。糸をまっすぐにしないでいいなら、屋敷に張り巡らせたいところです」
「……糸をまっすぐにしない……」
ヨナスの言葉に考え込む。
ここまで、糸はまっすぐに、途中で他との接触もないようにばかり考えていた。
だが、それは前世の糸電話に引きずられての、思考の片寄りだったかもしれない。
「一方通行だから、糸が途中で他に触れても、増幅で大きくすれば――金具で曲げられたところに、増幅を大きく入れればいけるかも……いっそ外側を何かで保護して、内側で増幅できないかしら……?」
「ダリヤ、何か試してみたい素材はある? そろえてくるよ」
「ロセッティ会長、用紙の追加をお持ちします。追加でご入り用の素材もご遠慮なく」
この三日で、試作までの流れがとてもスムーズになった。
ヴォルフに続き、メイドも試作の準備に取りかかってくれる。
ダリヤはありがたく、仮説と思考の海を泳ぎ出すことにした。
「さすがヨナス先生、目の付け所が違う」
ヨナスの隣、足音もなくやってきたドナがささやく。
「ヴォルフ様専用糸付き拡声器に続き、近距離小型拡声器、中距離拡声器、同時双方向ですからね。さっき希望した、屋敷に張り巡らせるヤツもいけるんじゃないです?」
問いかけに答えず、錆色の目の持ち主は眉間を指で揉み始める。
唇だけのつぶやきは、誰の耳にも届かない。
「二人だけの夏休みが長すぎたか……」




