524.起床と庭見学
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・公式X『まどダリ』第26話公開となりました。
どうぞよろしくお願いします。
「……あれ……?」
ダリヤは薄く目を開け、そのまま動きを止める。
見上げれば水色のやわらかな天蓋、自分一人が横たわるには大きすぎるベッド。
そして思い出す。
ここはスカルファロット領主館、自分が案内された部屋だ。
昨日の到着後、略式ということで、客間で夕食を頂いた。
丸テーブルを囲んだのは、ヴォルフの父であるレナート、今回の護衛騎士で指示役を務めたソティリス、もう一人の騎士、そしてヴォルフとダリヤだ。
メニューは、湖魚のムニエルや細かく野菜の切られたカップサラダ、ポテトとチーズのスープなど、食べやすいものが出された。
緊張したが、メニューの湖魚から始まり、スカルファロット領の農産物や湖、河川など、なごやかに話が続いた。
食後はヴォルフの部屋へ向かった。
模造魔剣の見学を希望していたドナに、興味を持ったソティリス、模造魔剣の説明をかって出たレナート、その護衛騎士、メイド達も加わり、結構な人数での移動となった。
模造の灰手は、魔物討伐部隊長のグラートが持っているものと外観はほぼ一緒。
ヴォルフいわく、重さは二割ほど軽いそうだ。
流砂の魔剣は、ダリヤは本物を知らないので比較できないが、鈍い金色の鞘に装飾がなされたきれいなものだった。
ヴォルフとドナがとても盛り上がっていた。
次に見せてもらったのは小石だ。
紺色や黒に金の入った石は、グイードがヴォルフに見せたいと集めたもの。
長三角の白や黒の石は、ファビオが剣に似ていてヴォルフが好きそうだと拾ったもの。
灰色の平たい石は、エルードが水切り戦で勝てそうだと選び抜いたもの。
ソティリスが、懐かしそうに説明してくれた。
ファビオが集めたというセミの抜け殻二つに関し、保存方法を相談されたので、ガラスケースに入れることを勧めた。
結果、ダリヤがピンセットで慎重に移動させることになり、息を止めて小さなガラスケースに入れた。
模造魔剣の下に飾られたセミの抜け殻は、意外に似合っていた。
なお、メイドの一人が、どうしても取っておけずに捨てたものがあると謝っていた。
兄三人が集めた艶やかなドングリと、夢がみっしり詰まったカマキリの卵――
話だけの思い出になってよかったと、心から思った。
その後はヴォルフと分かれてこちらの部屋に戻り、入浴して就寝、と思ったのだが、入浴後、メイドが肩と背中を揉みにきてくれた。
馬車の移動に慣れていないと、翌日、筋肉痛になることもあるのだという。
ダリヤはありがたく受け、ほぐされてベッドに横たわった。
そして、枕もシーツもつるつるの絹だと感動し――そこからの記憶が一切無い。
よほど熟睡したのだろう。
おそるおそる天蓋を開いて窓辺に向かい、カーテンを開ける。
「寝過ぎ……!」
太陽はまぶしく、どう見ても午前のお茶の時間に近い。
とりあえず部屋からつながった浴室で顔を洗わねば、そう思ったとき、ノックの音がした。
「おはようございます、ロセッティ様。入室の許可を頂けますでしょうか?」
「は、はい! おはようございます」
入ってきたのは昨日のメイド達だ。
ダリヤは思わず頭を下げそうになる。
「申し訳ありません、寝過ごしてしまい――」
「いえ、ロセッティ様におくつろぎ頂けましたならうれしいかぎりです。それに、昨日はヴォルフレード様があのように喜ばれ……感謝申し上げます」
ダリヤは、いえ、と否定しかけた言葉を喉で止めた。
ヴォルフが喜んでいたのは確かだ。ここで否定するのは違うだろう。
「こちらこそ、素敵な宝物を見せて頂きました」
そう答えると、メイドは目元の皺を深くし、優しく微笑んだ。
そこからは急いでシャワーを浴び、髪を乾かしてもらい、身繕いをする。
髪と化粧は彼女達に任せた。
丁寧に仕上げられ、鏡に映る姿は貴族の令嬢らしく――
いや、男爵ではあるのだが、いつもよりも整った感じで、ちょっと落ち着かない。
食事にするかと尋ねられ、先にヴォルフに挨拶をしておきたいと答えているとき、強めの声が響いた。
「失礼ながら、ヴォルフレード様、淑女がお休みになっている部屋へ、お一人でお越しになるのはいかがなものかと」
「す、すまない」
部屋の前、ヴォルフが女性に注意されているようだ。
自分が寝坊したせいだ、急がなければ、そう思ったとき、続く声があった。
「あの、確認だけですし、自分も同行しておりますので」
「ドナ、今のあなたは騎士でも従者でもありません。ヴォルフレード様の同行者として付くならば、騎士に戻るか、従者になりなさい」
ドナは以前騎士だったのだろうか、そう不思議になった。
が、現在進行形で、自分のせいで二人が注意を受けているのは申し訳ない。
ダリヤは自らドアを開いた。
「おはようございます。私が寝過ごしたためにご迷惑をおかけしました!」
「ダリヤ、おはよう! 馬車の移動で疲れていない? もう少し休まなくて平気?」
「ロセッティ会長、なんでしたら予定をずらしますので――」
ヴォルフに笑顔で挨拶後、すぐ心配されてしまった。
続くドナからもである。
そして、ドアの側に立つ中年の護衛騎士――おそらく、先程ヴォルフ達に注意をしていた女性と目が合った。
ダリヤは爵位が下の客として、寝ずの番をしてくれたであろう彼女へ、ねぎらいを告げる。
「扉の守りをありがとうございます」
「おはようございます、ロセッティ様。本日もたいへん麗しく、金のイヤリングがよくお似合いです。どうぞよき一日をおすごしくださいませ」
彼女は満面の笑みで言った後、その青い目をヴォルフへ移した。
「ええと、ダリヤ、今日もきれいで……コホン! 美しいあなたと共に過ごせる幸運に、感謝を」
その様は、貴族らしく挨拶をしろと家庭教師に言われた少年のよう。
ダリヤは慌ててヴォルフの母が綴ったメモを思い返し、貴族的切り返しであればこうだろうとあたりを付ける。
「ありがとうございます。私も、ここからも続く幸運を祈りたいと思います」
ヴォルフの隣、ドナが顔を壁に向けて咳をする。
今日の予定が押しているからかもしれない。
「ドナさん、ここからはお庭の見学ですね。よろしくお願いします」
「全力でご案内します。ただその前に、ヴォルフ様と軽食をお願いします。こちらのお庭は本邸より広いので、お疲れになるといけませんから」
気を使われてしまったが、空腹感は確かにある。
ダリヤはヴォルフ達と共に食事をとることにした。
・・・・・・・
「庭の定義って何だろう……?」
ダリヤは、唇だけでそうつぶやいてしまった。
朝食兼昼食をとった後、ヴォルフ、ドナ、護衛騎士二名でスカルファロット家の庭を周ることになった。
家は城のような建物、その池はまるで湖。
となれば、庭もかなり広いと思うべきだろう、その考えは当たった。
領主館後方の庭には、広い芝生のエリア、花壇というより花畑、そして、どこまでも連なる緑の木々があった。
芝生は貴族向けの多人数のガーデンパーティを考えればわかる。
花壇に関しては、屋敷内に飾る花や薬用なども含むと思えばありだろう。
しかし、連なる木々に関しては、庭木でも林でもない、絶対に森である。
枝先が風に歌うようにそよぎ合い、鳥たちのさえずりを重ねる。
青空から舞い降りる翼の長い鷹が、その奥へ消えていく。
庭を周る装いに、丈長めのキュロットスカートを選んで正解だった。
なぜならば、見学時、ダリヤだけが馬上だったからだ。
騎士もドナも鍛えているので長い距離を歩くのは問題ない。
だが、ダリヤは歩き疲れてはいけないと小さめの馬に乗せられ、ヴォルフに手綱を引いてもらう形となった。
芝生の緑は爽やかで、色とりどりの花は美しく、森は――子供や慣れぬ者は迷子になりそうだ。
もっとも、きりりとした表情の夜犬達が、前後左右を一定距離で警護してくれている。
自分が迷子になることはないだろうが――
「ダリヤ、何か気になるところでも?」
「いえ、広くて、とてもきれいなお庭だと思います」
いいや、ヴォルフがいる限り、迷うことも怖いこともないだろう、そう思えた。
本年も多くの応援と共に、物語へのお付き合いをありがとうございました!
読者様、関係者の皆様へ、心より御礼申し上げます。
来年も楽しい時間をお届けできるよう努力してまいりますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます!




