372.武具工房長と貸し借り
おかげさまで『服飾師ルチアはあきらめない』2巻、1月25日発売です。
書籍購入特典のお知らせを活動報告にアップしました。
どうぞよろしくお願いします。
(すみません! 雪と格闘中で短めです)
午後一番、ダリヤはヨナスと共に馬車に揺られていた。
行く先は王城、魔物討伐部隊棟である。
午前中はスカルファロット武具工房で、イデアからスライム養殖場からの報告を聞いた。
先日の各種対策以降、魔鳩は再訪する個体がほぼいなくなったそうだ。
「三度来る個体がいれば、ジャン所長がワイバーンで匂い付けをするとおっしゃっているんですが、今のところおりません」
目の下の隈が消え、すっきりした顔のイデアにそう微笑まれた。
脳内にジャンに捕まえられた魔鳩の鳴き声が響き渡ったが、振り払っておいた。
グリーンスライムに関しては、敷地の奥を広くとり、乾燥場を作る計画が動き出した。
乾燥時間の短縮と、より高品質のスライム干しのため、温風と冷風を交互に出す大型送風機を付ける案が上がっている。
もっとも、それは冒険者ギルドが契約している魔導具師と魔導師の担当となる。
大型の魔導具を作るには、高い魔力が必要になるためだ。
「ダリヤ先生、内密のお話があります」
馬車の中、報告を反芻していた自分に、ヨナスが声をかけてきた。
ダリヤは向かいの彼に向き、姿勢を正す。
「どのようなことでしょうか?」
「グッドウィン伯と王城、スカルファロット家の魔鳩で試した結果、あの『薬草煎餅』を与えると、国境沿いまでで四割前後、グリーンスライムの干した物でも二割は速く飛ぶことがわかりました」
「それはすごいです……」
八本脚馬だけではなく、魔鳩でも効果があったらしい。
感心しつつも、今後はどう使っていくことになるのか、ちょっと気になる。
「八本脚馬も魔鳩も、薬草煎餅をとても好みます。魔物には魔力ポーションとして使えるのでしょう。大変便利ではありますが、少々厄介なことも出てくるかもしれません」
「厄介なこと……今後の生産関係の問題でしょうか?」
「いえ、今後の生産や運用に関しては、私の祖父や各ギルドの方々がいらっしゃるので問題はありません。それに、スカルファロット武具工房にとっては『よい成果』になります」
考えてみれば、ヨナスの祖父となったベルニージは前侯爵、それにこれからグイードが侯爵当主になるのだ。
そのあたりはきっとうまくやってくれるだろう。
では、一体何が? そう考えつつ錆色の目を見返せば、彼は薄く眉間に皺を寄せている。
窓からの陽光が時折建物に遮られ、光と影が交互に馬車内に踊った。
「薬草煎餅を誰が考えつき、誰が作ったか――元を辿ろうとする者が出るかもしれません」
「え? でもあれは皆様で作った偶然の産物ですよね」
もともとは、イエロースライムを付与した柔らかい布――その後に『衝撃吸収材』となり、鎧や盾の裏面などに付けるようになったが――それを相談するために、ベルニージにグイード、各ギルド長や副ギルド長などをスカルファロット家の別邸、武具工房へ招いた。
その後の実作業はルチアやイデア、そしてベルニージとマルチェラで行っていた。
そこで偶然に、スライムの粉末と魔力の関係性が見えかけた。
だから、魔力の強いグイード達にも付与の協力を願ったのだ。
結果としてできあがったのが、クッションの中身によい砂丘泡、温かな温度を維持できる『人肌保温材』、魔物の魔力ポーションともいえる『薬草煎餅』などである。
魔導具師としての欲望のままにお願いした自分に関しては反省したい。
しかし、できあがった各種色々は便利なので後悔はしない、一応。
「偶然の産物と言えなくもありませんが、そう思わぬ者もいるのではないかと。ダリヤ先生、昨年の春から、新しい魔導具をいくつお作りになりましたか?」
五本指靴下、乾燥中敷き、靴乾燥機、微風布、温熱座卓――振り返って固まった。
鈍くても流石にわかる。
開発が自分だと誤解される可能性があるということだろう。
「ええと、私の開発魔導具とは方向性が違うので、知らないと言い張りたいと思います!」
勢い込んで言うと、ヨナスが口角をわずかに上げる。
そういえば、以前、彼に嘘が下手だと言われたことがあった。
現在、男爵叙爵の練習として、鏡を見て笑顔や落ち着いた表情の練習をしているのだが――
まるで上達していないことは、ヨナスが浅くうなずいたことでわかった。
「もし他から尋ねられたら、『生産について相談を受けたが、その他は武具工房長のヨナスへ』とお答えください。あとは返事をせず、困った表情をして頂ければ、相手は守秘義務があると思ってくれるでしょう」
確かにそれなら嘘ではない。
ダリヤが困った表情をしても自然だろう。
しかし、結果としてヨナスに丸投げということである。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「いえ、私にはありがたいことです。男爵に上がるにあたり、表立っての理由付けが増やせますから」
理由付けになっても、苦労は増す。
ヨナスはドラーツィ家の養子となってから、仕事だけではなく、話し方を含め礼儀作法の覚え直しもあって大変そうだ。
その上に自分と同じく、男爵の叙爵準備もある。
忙しい中、さらに対応を上乗せするのだから、本当に申し訳ないとしか言えない。
何か自分にできることがないか――ダリヤはそう考えて思い出す。
自分は名目だけだが、ヨナスに『貸し』がある。
正確には、男爵になるのにダリヤが後押ししたと思われ、お礼をしたいと言った彼に、『貸し』と言って逃げた形だ。
だが、これはいい機会かもしれない。
「ヨナス先生、これで以前の『借り』を相殺して頂けませんか? これで貸し借りなしということで」
思いきり笑顔で言うと、ヨナスがぴたりと動きを止めた。
瞬きもなく見つめられ、もしや失礼な言い方だったかとあせり――
ガタンと馬車の速度が一段落ち、そろって窓の外を見る。
気づかなかったが、すでに王城内、馬場まで間もなくだ。
ダリヤは慌てて降車の準備を始めた。
行き交う馬車と馬のいななきの中、つぶやかれた返答は聞こえない。
「全力でお断り申し上げます――」




