とある新人騎士は打ち砕かれる 1
時系列は物語ザマァ終了後、セリスとジェドが付き合ってから結婚するまでの間です。
長らくお待たせいたしました。
「セリスさんって可愛いよな」
そう、ポツリと呟いたのは新人騎士のビクトルだった。
そんなビクトルの発言には「確かに」と同意するものもいれば「俺はもっと陽気な子が良い」と反対意見を出すもの、「そもそも人の女にそういう感覚が湧かない」という硬派なものまで、様々だった。
──ここは新人騎士のビクトルの部屋。
第四騎士団の汚名が晴らされてから新しく入った同期の新人騎士たちは、ときおり仲間の部屋に集まって猥談をするのが楽しみだった。
いくら第四騎士団が明るく、比較的上下関係が薄いと入っても、流石に先輩たちとの交流には気を使う。
その点、同期との会話は気楽だった。
「いやーセリスさんって身長低くて綺麗系じゃん? 凄い俺好みなんだよね。つか団長とは身長差ありすぎて色々大変だと思うんだよな」
「まあ、それは言えてる。ありゃキスするのもちょっと大変かもな。だとしてもやめとけよーー。団長の恋人だぞ、恋人」
シェドがセリスの恋人であることは、入団初日、すぐに明らかになった。
ジェドがセリスに惚れ込んでいることを、一切隠さないからである。
『セリス、重たいものを持つときは呼べっつったろ』
『なぁ、いつになったら俺の部屋に来るんだ? 夜くらいずっと一緒に居たいんだが』
『セリスは何してても可愛いな。──ははっ、照れてる。ほんとに可愛い奴』
恥ずかしかったのか、仕事中だったからなのか、セリスはあまり過度に反応はしなかったが、ジェドはそりゃあもう凄かった。
あれで実力は最強で、仕事はきっちりやっていて、加えてあのルックスやら身長やら──そんなジェドに惚れられたら、もしもセリスに好意を抱いても時間の無駄だと思うのが、ほとんどの騎士たちの考えである。
──しかしビクトルは少し違った。
騎士としての能力はジェドに大きく叶わず、平凡な見た目だとしても、好きになった女性を振り向かせることに関してだけは自信に満ち溢れていたのだ。
落とした女の数は両手両足の指の数では足りず。中には、既に恋人がいるもの、婚約者がいるものだっていたが、狙った得物を逃したことはなかった。
だから、絶対にセリスを落とせる気でいるのだ。
「まあ見てろって、お前ら。俺が本気を出したら、近いうちにセリスさんは団長と別れて俺の恋人になってるからさ。それに団長はセリスさんにべた惚れって感じするけど、セリスさんはそうでもない気がするんだよな。……女ってのは、押して押して押せばいけるんだよ! 俺は絶対セリスさんを落とす!」
「おいおい……」と言いながらも、この場には是が非でもやめておけと止めるものはいない。
この場に一人でも、古株の団員がいたならば話は変わっていたのだろうが──それはもう、後の祭りである。
◆◆◆
最近、セリスには悩みの種があった。
「セリスさん、明日休みなんですよね? だったら俺と街へ出掛けませんか?」
「ビクトルくん、すみません。明日は少し用事があって」
「じゃあその次の休みはどうですか? 美味しいお酒が飲める店を知ってるんです」
新人騎士のビクトルが、明らかに口説いてきているからである。
ジェドとセリスが交際していることは周知の事実のはずなので、最初は単純に仲良くなりたいのかなぁとか、距離感が近いのかなぁと思っていたセリスだったが、流石にもう思わなくなった。
連日デートに誘われれば、いくらなんでも分かる。
「すみません。お酒はあまり強くないので、飲まないようにしているのです。別の方を誘ってはどうでしょうか?」
「それってもしかして、団長からそう言うように言われてるんですか?」
「……違います。私の本心です」
「なら、酒がない店に行きましょう! ね? それなら問題ないでしょう?」
埒が明かないので、騎士団内では公私混同しないように、と言ってしまいたいセリスだったが、恋人であるジェドが一番公私混同しているため強くは言えない。
(やっぱり今度、皆の前では私を恋人扱いするのは辞めてくださいってジェドさんに伝えないと……)
何より、やっと第四騎士団の汚名が晴れたのだ。
せっかく入団してくれた新人騎士のビクトルを強く拒否することで気まずくなるだけならまだしも、それが原因で脱退されることは避けたかった。
だからセリスは、やんわりと断り続けた。
いつかは諦めるだろうと思っていたからだ。最近、仕事が忙しそうなジェドに余計な心配をかけまいと、ビクトルの件を言わなかったのも、そのためだった。
しかしその考えは、甘かったのだと知ることになる。
「セリスさん、今度二人で夜景を見に行きましょうよ」
初めは誰もいないところを見計らって口説いてきていたビクトルだったが、もはや場所や時間を選ぶ気はないのか、それは多くの騎士達が集まる夕食時に発せられたのである。
隣に座る、新しく家事雑用担当で入ったレイラは、何も答えないセリスの助け舟を出すように適当に話を逸したのだが、ビクトルには効果はなく。
「セリスさん、俺……本気ですよ」
「ちょ、ビクトルくん離して……っ」
ついには思い切り手を握られ、セリスは拒絶を意を示した。
しかしビクトルは力を弱めるだけで離してはくれず、ようやく異変に気がついた古株の団員たちは、流石にこれは、と、一斉に立ち上がる。
「おい、ビクトルやり過ぎ──」
ジェドはウィリムと話があるから、少し夕食が遅れるということを知っている団員──古株のロッツォはセリスを助けようと間に入ろうとした、その時だった。
「これはどういう騒ぎだ?」
「「団長ぉぉ!! やっと来たぁぁ!!!」」
「ジェドさん……」
仕事が一段落し、ようやく愛おしいセリスと落ち着いて話せるかと思って食堂へ訪れたジェドだったが、目の前の光景に眉間がピクリと歪む。
(お、怒ってる顔も相変わらずイケメェン……!)
と、団員たちの一部は思ったものの、口には出さなかった。というのも、ジェドが怒ることは想定内だったので驚きはしないのだが、思ったよりも静かに怒りを露わにしているからである。
そう、おそらく付き合いの短いビクトルには感じ取れない程の、静かな怒り。
しかし古株の騎士たちは知っていた。
ジェドが表面的に分かりやすく怒っているときは、まだ序の口だということを。
つまり今、ジェドが静かに怒っている状況は、かなりまずいということを。
「──ビクトル、とりあえずセリスから手、離せ」
「団長、俺……セリスさんのこと」
「もう一度しか言わねぇぞ。……さっさとセリスから手、離せ」
「ヒィィィ!!!!」
──ジェドの冷めきった表情と、普段よりも幾分か低い声色に、ビクトルを含め、新人騎士たちはまるで蛇に睨まれた蛙は、きっとこんな気持ちなのだろうと痛感した。
背中には嫌な汗をじっとりとかき、押して押して押せばどうにか、なんてビクトルの持論はどこへやら。
ジェドに言われた通りセリスから手を離すと、言われてもいないのに立ち上がってセリスから距離を取った。
「セリスはこっちにおいで」
「……っ、あ、あのジェドさん」
「早く」
「……は、はい、分かりまし──きゃっ」
急いでジェドの元まで走ったセリスは、いきなりの浮遊感に心臓が高鳴る。
いわゆるお姫様抱っこをされていると気が付いたのは、ジェドの怒りを孕んだ顔が至近距離に来てからだった。
「レイラ、悪いが片付けは団員に手伝ってもらえ。……お前ら、しっかりレイラを手伝うように」
「「イエッサー!!!」」
「それと今日は誰も俺の部屋に近付くなよ。ああ、ビクトルだけはしっかりレイラの手伝いをしてから部屋に来い。良いな」
その言葉を最後に、セリスを捕らえたまま自室へと歩き出すジェドに、レイラに仕事を任せるのは悪いだとか、ジェドも夕食を取ったほう良いだとか、口にする雰囲気ではなく。
ジェドがかなり怒っていることが肌から伝わってくるセリスは、ビクトルのことを今まで相談しなかったことを後悔せずにはいられなかった。




