二十七話 心臓が潰れてしまいますので
「俺はちゃんと事前に言ったからな。怪我してねぇか隅々まで確認するって」
セリスの小さな身体に跨がるようにして上に位置するジェドの声は、全身がビリビリと痺れる程に甘い。
意識を耳に集中していたセリスだったが、つぅ……と足首に触れるジェドの手に、セリスの頬は真っ赤に染まった。
「ジェドさん……っ、どこ触ってるんですか……!」
「足。怪我してたら手当しないといけねぇだろ?」
「自分で出来ます! 知ってるじゃないですか……!」
「知ってるが──セリスが妹扱いだと思ってるうちはやめてやんねぇよ」
巡回に行くような服を持っていなかったセリスは、普段の仕事着のエプロンだけを外した格好だった。
足首も隠れる長いワンピースだったが、ジェドがセリスの足首に触れることによって少し捲れ上がる。
しかしジェドの手は止まることを知らないのか、どんどん上に行ってセリスの柔らかなふくらはぎへと触れるのだった。
「だ、だめですジェドさん……」
「膝ついてたからまた怪我してるかもしれねぇだろ。直接確認しないとな」
「…………っ!!」
ジェドの手がセリスの膝の少し下まで伸びてくる。それに伴ってスカートがより一層捲くれ上がり、少し膝を立てているセリスは、慌てて口を開いた。
「す、すみませんでした……っ、もう妹扱いだなんて言いませんから……!」
「…………本当に?」
「はい、本当です……っ、本当ですから……どうかもう……、潰れます、心臓が潰れます……っ、ドキドキが止まらないんです、ジェドさん、お願いですからもう……」
「っ……分かった、分かったから……」
これ以上はむしろ俺がだめだ。ジェドは理性を必死に働かせてセリスをゆっくりと起き上がらせると、ベッドの上で二人は座って向き合う形となる。
ジェドは俯いて自身の顔を左手で覆いながら、右手でセリスの頭にポンと手を置いた。
「もう心配させるな……頼むから……」
「は、はい。すみませんでした……。それに、あの、助けていただいてありがとうございました」
深々と頭を下げるセリスは相変わらず真面目で礼儀正しい。
けれど場所が問題だった。ベッドの上だと真面目だろうがなんだろうが、あまり頭に入って来ないのである。
直ぐにベッドから降りようと思ったのだが、そのときはたと、とある疑問がジェドの頭に浮かんだのだった。
「なあセリス、お前が魔物に詳しいのは聞いたが、どうしてだ?」
「あっ、それは──」
ハーディンから言わないほうが良いと言われたことをはっきり覚えているセリスは、開きかけた口を咄嗟に閉ざす。
しかしその様子をジェドに指摘されてしまえば、セリスに上手い言い訳は思いつかず。
「実はその、ギルバート様と婚約していたときに、彼に歩み寄る努力ぐらいするべきかと魔物の本を読んでそれで……」
「──ああ、そういうことか」
ハーディンあたりに口止めでもされていたのかと、そこまで察したジェド。
本当は嫉妬心をぶつけてしまいたいところだったが、流石に現時点でやり過ぎだという自覚があるジェドは、セリスに対し「良い子だな」と言うに留めたのだった。
因みに、どうして助けに入ったときにギルバートと一緒にいたのかということに関しては、セリスの返答は大方予想通りだったので小さなため息だけで留めておいた。
これが義妹のためではなく、ギルバートのためだなんて言われたら、大人しく帰すつもりなんてなかったけれど。
◆◆◆
その日の夕方のこと。
第二騎士団の執務室で、ギルバートは膝と手のひら、そして額を床に擦り付けて何度も同じ言葉を口にしていた。
「団長……! お願いします! どうか下級騎士への降格だけはやめてください……!!」
「だめに決まっておろう。何せ今回の件、第二騎士団が第四騎士団なんぞに遅れを取ることになったのは全てお前のせいだ、と報告が上がっている」
遡ること一時間前のことだった。
第二騎士団の団員たちはラフレシアの討伐を失敗するだけでなく、あの第四騎士団に助けられたような形での帰還となった。
とはいえ、何もハベスに事実をそのまま伝える必要はなく、連絡係が第四騎士団を悪く言って上手く誤魔化すはずだとギルバートは思っていた。
しかし現実は違った。連絡係は第四騎士団が活躍することになった要因──つまり第二騎士団が無様な姿を晒した原因の全ては、ギルバートなのだと告げたのだった。ハベスが直接罰することが出来ない第四騎士団よりも身近で、最近醜態をおかした人間に全ての失態を擦り付けるほうが、より自分たちに火の粉がかからないとギルバート以外の団員が考えた結果だった。
そうして現在ギルバートは一人で団長室に呼ばれることとなった。
当初は自分にだけ責任はあるわけではないと否定を口にしていたが、合同軍事演習で誰よりも無様な姿を晒し、そして家柄の低いギルバートの言葉がハベスの考えを変えることなど出来るはずがなかったのだ。
しかし、これでは伯爵の爵位を継ぎ、将来は副団長、団長になるという思惑が叶わなくなってしまう。
(俺はこんなところで終わる人間じゃない……! こんなところで……っ、俺は優秀なんだ……!!)
ギルバートは何度も何度も土下座を繰り返して頼み込む。
すると、ハベスは大きなため息をついてから、張り裂けんばかりの蓄えたお腹をボリボリと掻きながら、おもむろに口を開いた。
「今までお前の親から第二騎士団への支援金を受け取ったが、あれは中々良かった」
支援金と称しているが、それが賄賂のことを言っているのだということくらいは、流石にギルバートでも分かった。
「そうだな。また支援金、それも今までの二倍の額を出せるならお前の降格の取り消しを考えてやっても良い」
「ほっ、本当ですか!?」
「ああ、本当だとも」
「分かりました! 必ず!!」
ギルバートは土下座をした状態で、ニッとほくそ笑む。
おそらく父親には罵倒の一つや二つはされるだろうが、それでも前回と同じ金額は出すだろう。
残りの当てはシュトラール家だ。伯爵家の内情をよく知らないギルバートは、それくらいのお金なんてはした金だろうと思っていた。
(これなら降格を免れることが──って、あ? 何だ……あれは…………)
額を床から離し、じっと真下を見ていたギルバートは、そこでとある違和感に気が付く。
どうにも床の貼り合わせに違和感を覚えるのである。
(何だか色が違う……? 一度くり抜いている……?
……って今はそんなことどうでも良い)
違和感はさておき、今はお金を集めることが先決だ。
そうと決まれば早いもので、ギルバートは団長室を後にすると、すぐさま実家に戻り支援金という名の賄賂を見繕うよう頼み込んだ。
予想通り罵倒はされたしムカつきはしたものの、提示されている半額の目処はついたところで、ギルバートは現在の住まいであるシュトラール邸に足を踏み入れたのだが。
「そんな金は無い……だと」
そろそろ夕食の時間だという頃。アーチェスの部屋に許可なく入り、簡単な説明をしたギルバートの口からはアーチェスの言った言葉が弱々しい声で復唱される。
アーチェスは最近母親に習ってシュトラール家の仕事を手伝っているので、いくら伯爵家と言えど、金銭的な余裕がある状況ではないことを理解していたのだった。
読了ありがとうございました。
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