二十六話 妹扱いなんてもうしていない
「セリス、怪我はないか?」
「は、はい。おそらく……」
ジェドが助けに来てくれた安堵からか、膝がジンジンと痛むような気がしたセリスだったが、心配させまいと咄嗟に嘘をついた。
しかし状況を考えると怪我の一つ二つはあっても何ら可笑しくないので、ジェドは振り向き、即答したセリスの瞳をじぃっと見つめる。
「…………後で隅々まで確認するからな」
(ん……? 隅々……?)
ジェドの表情を見ると口元は笑っているが目は笑っていない。整いすぎた顔の弊害か、それはとても恐ろしくてセリスは本能的に逃げなければと思うものの、この現状でそんなことができるはずもなく。
兎にも角にもジェドが現れたことで怪我は免れたものの根本的な解決──ラフレシアの討伐が終わっていないので、セリスはジェドに向かって口を開いた。
「ジェドさん! ラフレシアは花弁を攻撃しても意味はありません! それに溶解液は──」
「ああ、これは直に当たったらまずかっただろうな」
そう言ってジェドはそろりと手元に視線を寄せる。
先程まで着ていたジェドのローブは、セリスを守るために溶解液を受けたわけだが、じわじわと溶けてきている。
これが人間の肌だったらと思うとゾッとするところだ。しかもそれがセリスに浴びせられようとしていたのなら尚更のことだった。
「おーいお前ら!」
ジェドは再びラフレシアに視線を戻すと、第四騎士団の団員たちを呼びかける。
「ラフレシアは俺が殺る。その間セリスから目、離すなよ!!」
「「イエッサー!!!」」
それからは、本当に一瞬の出来事だった。
セリスが団員たちに回収されると同時に、ジェドは颯爽とラフレシアと距離を詰め、すぐさま急所を斬りつけた。それはまさに目にも止まらぬ速さだった。
そうして斬ったときに刀に付着したラフレシアの溶解液を振って落とすと、慣れた動作で刀を鞘にしまう。ジェドはギルバートに一瞥をくれてから、ウィリムに見えるようにギルバートを指差す。
「ウィリム、そいつをさっさと渡してきてくれ」
「む、分かった」
未だお腹を押さえて蹲るギルバート。
実はローブだけでは庇いきれないからとジェドがギルバートを蹴ることで溶解液から守ったのだが、もしかしたら痛みだけで言えば蹴りのほうが痛かったかもしれない。
ラフレシアはジェドが退治したと言うのに、第二騎士団の団員たちは誰もギルバートに駆け寄ることはなく、その代わりにウィリムが向かう。
ウィリムはギルバートをよっこいしょ、と肩に担ぐと、一番近くにいる第二騎士団の団員に「受け取れ!」と言って手渡したのだった。
流石にもう第二騎士団の団員たちが文句を言ってくることはなく、セリスはホッと安堵する。
痛みに悶えながらも、ギロリ、と遠目から一瞬ギルバートに睨まれたような気がしたけれど、セリスはさほど気にすることはなかった。
「よし、お前ら帰るぞ!」
ジェドの号令で馬から降りていた団員も騎乗する。
セリスは帰りもウィリムに乗せてもらったら良いだろうかと思っていたのだが。
「セリスはこっちな」
「は、い?」
膝裏と腰辺りに手を回されたかと思えば、ひょいとジェドに持ち上げられる。
所謂お姫様抱っこなるものをされてしまったセリスは、カッと目を見開いた。
「なっ、なっ……!」
「馬は少し遠いところに繋いであるからしばらく大人しくしてろよ」
「〜〜っ! 私は歩けます……!」
「また腰が抜けてるかもしれねぇだろ」
「抜けてません!」
──団長、しれっと自分と同じ馬に乗せるんだ……。
団員たちの殆どはジェドを見ながらそう思ったものの、口を出すものはいない。
ジェドがセリスのことを可愛がっていることは周知の事実だからだ。
ハーディンだけはもはやその行動が当たり前過ぎてなんの感情も湧いてこなかったが。むしろこの場にセリスを連れてきたことに怒りを見せないジェドを不思議に思っていたくらいだった。
しかしそんなハーディンの疑問を察したかというように、ジェドは普段はあまり見せない鋭い眼差しでくるりと振り返った。
「ナーシャたちから巡回にセリスを連れてきた理由は大体聞いた。魔物の知識が豊富な人間が傍にいたほうが有り難いのは理解できるが──俺が来なかったらセリスは今頃どうなっていたと思う。お前ら帰ったら全員演習場の外周を三十周な。全員走り切るまで飯食えると思うなよ」
「「団長〜〜〜っ!!!」」
団員たちの絶望の表情にセリスは、やり過ぎでは……と内心思ったものの、口には出せなかった。
ジェドの鋭い瞳が、今度はセリスのアイスブルーの瞳を射抜いたからである。
しかも相変わらず瞳が一切笑っていないのに、口角だけが上がっているのが恐ろしい。
これならば眉を吊り上げて怒ってくれたほうが何かとやりやすいのにとセリスは思ったが、これも又口に出せるはずもなく。
「セリスは帰ったら詳しく話を聞くぞ。巡回に同行した件は責める気はねぇが……。──まあ良い。早く帰ろう」
「はい、すみません……」
ジェドに馬に乗せてもらい、セリスは第四騎士団の寄宿舎へと帰路に就いた。
心配だったのか門の前で待ち構えていたナーシャとミレッタと軽く言葉を交わしたセリスは、ジェドの命令により、馬を繋いでからすぐさま走りに行く団員たちに心の中で謝罪をしてから寄宿舎へと入る。
本来ならば部屋で少し休憩を……となってもおかしくはないのだが、馬を降りてからずっとジェドに手を握られているセリスには、その選択肢がないことは明白だった。
そして、手を握られたまま誘われたジェドの部屋で、セリスは壁際に追い込まれていたのだった。
「ジェドさん……? あの……」
顔の左右にはジェドの手、背中にはひんやりとした壁の感覚。
目の前には身長差を埋めるべく腰を丸めた『人間離れしたご尊顔』のジェドがいるわけだが、その表情はいつものような穏やかなものではなく、怒りを孕んでいる。
以前出掛けたときにも怒っている雰囲気のジェドと相対したことはあったセリスだったが、それとは明らかに違うのは分かる。
(助けに来てくれたときから怒っていたもの……私が出すぎた真似をしたから……)
やはり巡回について行ったこと自体が良くなかったのだ。ジェドは同行した件については怒っていないと言っていたが、そうとしか思えなかったセリスは改めて「すみません……」と謝罪すると、ジェドは一度頬をピクと動かしてから、ずいとセリスに顔を近づけた。
「今のすみませんは、巡回についていったことへの謝罪か」
「はい」
「それに関しては怒ってねぇって言ったろ」
「それはもちろん覚えてはいるのですが……その……そうとしか思えず……」
俯いて「ハァ……」とため息をつくジェド。
真面目なセリスが自分の業務外のことをしたことに罪悪感を感じることは目に見えていたので、先にそうではないと伝えておいたのだが、どうやら甘かったらしい。
ジェドは片手でセリスの髪を掬うと、それを自身の口元へと持っていき、ちゅ、と口付ける。
「心配した。ナーシャたちからセリスが巡回に付いていったと聞いて生きた心地がしなかった」
「…………っ」
「用事なんて捨て置いておけば良かったと後悔するくらいには、俺はセリスが心配でたまらなかったんだよ」
「……っ、それは、すみませんでした……けれど……」
セリスの心臓がドクドクと音を立てる。
ジェドが冗談で言っているわけではないことは重々承知しているし、こんなふうに言われてしまえば、今までの表情が心配からのものだったということも理解できる。
しかしセリスはジェドの言葉を鵜呑みにするわけにはいかないのだ。
ジェドの言葉をそのまま受け取ってしまえば、もう堕ちるところまで堕ちてしまうほど──セリスはジェドに惹かれていたから。
「妹扱い、し過ぎですわ……っ。そこまで心配していただかなくても私は──」
「それ、本気で言ってんのか」
「っ、本気です」
「……セリスの分からず屋め」
以前分からず屋とセリスに言われたのをそのまま言い返したジェドは、セリスの髪から手を離すと、その手で細い手首を掴む。
「何を……っ」
そうしてずんずんと歩くと、ジェドは扉を開けて続き部屋になっている自身の寝室へと足を踏み入れる。
軽く力を入れてセリスをひょいっとベッドに寝かせれば、ジェドはその上に覆い被さるように滑らかなシーツへ手を付いた。
「妹扱いなんてもうしてねぇってこと、分かるまでやめねぇからな」
「ちょっ……待っ────」
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