時にはカビも必要です
「こっち、はかま脱がせ終わったわよぅ」
「あいよー」
「立派な先端の膨らみしてますねえ」
「子種詰まっとるからな」
ええ、土筆の話です。
はかま――土筆の節についているヒラヒラを全部むきおわれば、ようやく準備が完了します。
この作業が意外とめんどいものでして、指が真っ黒になるのですよね。
洗えばよいのですが。
ちなみにキョウはほっそい指先を使って残らず綺麗にむきまして、ナギは風を使って空中土筆むきを披露。
主夫レベル高いですねお二方…私の五倍はむきましたよ。
ともあれ、煮え立つ湯にそれらを入れてからがお楽しみ。
しっかりと先の詰まった土筆は、加熱した瞬間、ぱあっと先端が茶色から緑に変わるのですよ。
そりゃもう、野菜顔負けの綺麗な緑。生えている時の茶色さがウソのようです。
「んで、その天帝様とやらに、ナギは怒られて来はったと」
「そうなんですよねえ」
茹でた土筆をせっせとザルにあげる私の言葉に、うんうんとうなずくナギ。
「キョウも知ってたん?」
「知ってたわよぅ。二人で力を合わせて郷の文明を進めるようにって、ナギ様に言われた時から、私は代替わりしていないもの」
「…さよか」
それなら、のんびり祠にいる場合じゃなかったのでは。
「途中で出て来ようとは思わなかった?」
「ええ? だってフクが『待ってて』って言うからぁ」
「……」
おあずけ命じられた犬ですか。
「ナギは?」
「いやあ、駄目だったら駄目だったで、木霊にでもなればいいかなーって…」
あなたはゴールが苗ですか。
神様は視野も心も広いと言いますが、広すぎてちょっと理解不能です。
「まあ、私を選んだのは間違いなかったんかもなあ」
一応、先の文明を知ってるし。
神様の中では感性が人間に近いと思うし!
最も、もーちょっと昔の人を選んだ方が、知恵は豊富だったと思うんだけどねっ!
「とりあえず、近日中に蔵できるから。そこで味噌作りからやろうと思ってん」
「みそ?」
「味噌」
取り皿に土筆をわける私の、翼をさりげなくもふもふして来るナギから翼を逃がしつつ、その単語を繰り返してみます。
「ゆで大豆に麹を混ぜてな、作る漬物みたいな物や。酵母は酒があるからおるけど、麹は…」
そこまで言って、はたと固まる私。
「キョウ」
「なぁに?」
「味噌に使う麹って、カビの仲間なんやけど。…もしかして」
「おいしかったわよぅ?」
ああ…予想はしていたけど。
していたけど、やっぱり!
「シキに、米カビさせてもろてくる…」
役立つカビまで減らすとか、防カビ剤も真っ青ですねキョウの悪食。
「今から?」
「後で」
先においしいもので自分を和ませてからじゃないと、さすがに心が折れるっちゅん。
ちなみに土筆の取り分はキョウの方が多め。後々に生えて来るスギナが、畑の雑草として猛威を振るうので、何事も過ぎたるは何とやらで調節です。除草です。
「カビ…うん、ちょっと色がついたと思えば! 緑とかチーズの中にもあるしっ!」
「そうそう、美味しいものはみんなで食べなきゃ」
「キョウの味覚と一緒にせんといて…」
人がせっかく、前向きに頑張ろうとしてるんですから。
それにしても麹ってどんな味なんでしょうか、効き酒って言うのは知ってるけど、カビのテイスティングとかやった事ありません。
「やっぱ、麹を多めに食べた方がいいんやろうけど…」
何でしょう、この、創生ゲームで、バランスのスライダー動かすようなありさまは。
しかもミクロの世界です、せめて顕微鏡があったら……だめですね、麹の形を見分けられませんので。
「フク様ー、米炊き終わりましたよー」
「今行くー」
まずは夕餉です。ゆでた土筆はおひたしで。
醸しの道も一歩から――
女神フク。覚悟完了。




