闇の妖精さん①
どれくらい時間が経ったのだろう。
雨は止み、空はいつのまにか闇の帳に覆われている。
月の光。それが生気を無くした夕日を淡く白く照らす。冷たい風に髪を撫でられ、夕日はしかしその場から立ち上がることができない。
"「あんたは魔法少女じゃなくて無能少女」"
甦る、仲間だと思っていた少女たちの蔑みと侮蔑に満ちた声と顔。
"「見て、今日も一人だよ」"
"「ほんとだ」"
"「気持ち悪くない? いつも一人で犬の絵を描いて」"
"「知ってる? 夕日ちゃんって親に捨てられたんだって」"
"「知ってる知ってる」"
"「まぁ、でも。あんなの捨てられて当然でしょ。だってーー」"
夕日の頭の中。
そこに反響する声の余韻。
教室の中。そこで、遠巻きに嫌悪に満ちた表情を向けられていた己の姿。
虚な瞳。
それをもって月を見つめ、夕日は呟く。
冷たくなった子犬の亡骸。その身を優しく撫でながら。
「かわらない」
「かえ。られない」
だが、その夕日の呟きに答える声があった。
「変えられる」
「如月 夕日」
「君は全てを変えられる。なぜなら、君にはチカラがあるのだから」
呼応し、夕日の視線の先にソレは現れた。
小さな闇色の双翼に、真紅の双眸。
その口元には小さな牙がのぞき、その顔はどこか道化の雰囲気が漂っている。
「ぼくの名前はダーク」
「君を助けるモノ」
「そして。君を導くモノ」
染み渡る、どこか優しい声。
どこか夕日の心に寄り添うような甘美な声音。
「わたしを。導く」
無意識に夕日の口から漏れる言葉。
導かれることなど、なかった。
学校では一人ぼっち。
家に帰っても一人ぼっち。
魔法少女になっても、独りぼっち。
子犬の亡骸。
その上にこぼれ落ちる涙。
「如月 夕日」
「ぼくなら。キミを導いてあげられる」
夕日の虚な瞳。
その中に微かに闇が揺らぐ。
「さぁ、手を伸ばしてごらん。そして願ってごらん。変えたい。変えたい。変えたいーーと」
夕日の小さな手のひら。
それが、まるで糸で引かれるように月のほうへと向けられていく。
変えたい。
変えたい。
かえ。たい。
闇色に塗り潰されていく夕日の心。
虚な瞳に蠢いていく闇の胎動。
胸を抑え、夕日は脈打つ鼓動を感じる。
あの時とは違う、感覚。魔法少女になった時とは違う、冷たく内を突き刺すような感覚。
その闇に覆われていく、夕日の姿。
それに、ダークは微笑んだ。
優しく。それでいてどこか儚げに。
「さぁ、はじめよう。如月 夕日」
「君が変わる為の戦いを」
「君が変える為のーー争いを」
月に照らされた、河川敷。
そこに響く声。
それはどこまでも透き通り、夕日の心を深くそして冷たく浸食していったのであった。




