第22話 エンケラドスの主要産業
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知らないことは恥じゃない。
知ろうとしないことが恥なんだ。
というのが僕のモットーなので、勢いよく腕足を上げて光信をする。
『リン酸がどうたらって…リン酸があると何が良いの?』
僕が質問すると、リナは数瞬の間目を見開いて凍結してから、やおら大きくため息をついた。
そういう態度、良くないよ。子どもは母親や教師のため息を実によく見ているんだから。
もっとも、僕は彼女の子どもでも生徒でもないけれど。
『…オクトには矯正学習が必要なようですね』
はい。矯正学習ビデオなら何度でも見るよ。
周回ガチ勢(餌)なので。
ただし質問イルカだけは勘弁な!
『エンケラドスの主要産業を知っていますか?』
『…知りません。水を輸出してるとか?』
そりゃあ知らないよ。僕達のような頭足類はエンケラドス社会科の地域を知ろう授業で「ぼくたちの星の産業」とかを受けていないのだもの。
むしろウィリーとか知ってるのかな?とてもそうは思えないけど。
『水は輸出産業の一つです。とはいえ氷は他の土星系衛星にも豊富に存在します。液体の水は珍しいですけれど。輸出先は首都星タイタンがほとんどです』
『へえ』
初めて知る事実。エンケラドスには産業があった!
そりゃそうか。産業がなかったら、こんな辺境に人や設備を送らないよね。
そして送り先は首都星のタイタン。あの星には水はなさそうだものな。
なんだっけ。石油っぽいものがたくさんあるんだっけか。
メタンがどうとか、窒素の大気が分厚いとか聞いたことある。
『なかでもリンはタイタンの主要産業である化学工業において必須の元素と言っても過言ではありません。ここまではわかりましたか?』
『あんまりわかりません!』
また上司が大きくため息をついた。
無知な頭足類に呆れているみたいだ。
でも僕にだって言い分はある。
そもそも情報にアクセスできないのだから、学習のしようがない。
『ものすごく簡単に説明すると、リン酸があれば、首都星タイタンの巨大化学工場で生産できる製品バリエーションが増えます。具体的には、肥料、電池材料、医薬品、クローン用生化学物質、難燃剤やポリマー、触媒などです。いずれも太陽系経済にとって欠かせない製品ばかりです』
『すごい!』
めちゃくちゃ大事じゃん!
エンケラドスって、ただの白い氷の塊じゃなかったのか…
『特に肥料は火星のテラフォーミング産業にも、小惑星帯農場にも必須の資源です。人類社会の太陽系開発に欠かすことは出来ません。オクトは、その先鞭を担っているのですよ?』
『へー』
化学肥料の主要成分ね。それは憶えてる。
リンと窒素とカリウムの3要素だったかな。
つまり宇宙で農業をやるにはエンケラドスのリン酸なんとかが大事なのね。
そこまでは理解した。
僕のおぼつかない理解度を見ながら、上司が異常値について説明をする。
『あなたの持ってきたデータには、リン酸の反応が強くあったということです』
『え?だってリン酸って海水に溶けてるんでしょ?』
リン酸がエンケラドスの海水に含まれていることは理解した。
だったら好きなだけポンプか何かで汲み上げればいいじゃない。
『それでは経済性が悪いのです。また野放図な開発は条約によって禁止されています』
またカネか。
それにしても、イルカをエンケラドスまで呼んで遊ぶためのプールを作っておいて、環境に配慮した開発もなにもないと思うんだけどな。
僕の感覚が2世紀ばかりズレているんだろうか。
『エンケラドスの海水対流は地球と比較しても非常に遅いと考えられています。十万年に数センチというレベルです』
遅いね。それは確かに遅い。
ほとんど止まっていると言えるだろう。
『これまでに発見されたリン酸塩も海水中に一様に分布するのではなく、海水の中に一定の塊として濃度の高い水域が存在しています。その海水を汲み上げることで効率的にリン酸塩を資源化できるのです。ここまでは理解できましたか?』
『はい』
さすがに鈍い僕でも理解できた。
そして、深海で出会ったご同輩とイルカが何をやっているかも。
あいつらは、盗掘しているんだ。
しかも人間に秘密で。
そりゃあ、頭足類を消す方法、を検討するわけだ。
思ったより危ない橋を渡ってたんだな…




