第15話 イルカのくらし
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トンネルを抜けると、そこは熱帯の海だった。
目を焼くほどに強い太陽の光が燦々と輝き、透明度の高い海中深くまで透き通った波の影が降り注いでいる。
一瞬、地球の海に紛れ込んだのかと勘違いしたよね。
これがイルカ達の住む世界か。僕の住む小さくて冷たい部屋に蛸壺が置かれているだけの部屋とはまるで違うなあ…。
「人間に会うのについていく!」と主張した僕を憐れんだイルカが許可を出してくれたから直ぐに会いに行ける、という運びにはならなかったんだよね。
僕は今すぐにでも人間に会う心の準備は出来ていたのだけれどーー物理的な準備をしようにもクリーニングしたスーツもアイロンのきいたシャツやネクタイもないからねーー 上司から待ったがかかったんだ。
「人間に会わせない」ということではなくて、単にいきなり人間に会わせるのはどうか。まずは環境を確認して慣れさせた方が良いとのこと。
穏当な助言だよね。意外だ。上司も少しは人間らしく対等な相手と行うコミュニケーション術が育ってきたのだろうか?そうだといいけれど、たぶん違う。
僕の発言力が信頼を得て増したと考えるよりは、イルカ様が『連れて行ってやる』と発言したことが大きいと理解するほうが現実的だろうね。
僕はちゃんと願望と現実が区別できる賢いタコなので。
そのくらいイルカはこの星ではかなりの程度まで自由が効く特権階級らしいことが僕にも分かってきた。
移動して働いて寝るだけのタコとはだいぶ身分が違うんだよね。
まあそういう理由でイルカと人間が触れ合う「癒やしの海」とやらへ事前に訪問する運びになったわけだ。
最初にイルカ達が健康を維持するため運動をする大水槽ーー運動専用の部屋があるなんて生意気だよね ーー へ行くことになったのだけれど、その入口でも徹底的に検査された。それはもう徹底的に。
外海から水密隔壁を通って純海水部屋に通されて最初に向かったのは、なんと医務室!。
イルカには健康を維持するための医務室とかまで用意されてるんだね。タコ部屋の方にはなかった気がする。病気になったら処分されるんだろうなあ…。
医務室では伸びてきた機械の腕によって当然のようにタコ・シェルは脱がされたし採血もされてーー血は青かった。鉄を含むヘモグロビンでなく銅を含むヘモニシアンのせいーーでかいコピー機みたいなガラス面に機械の腕で平べったくなるように全裸で固定されてウィーン…と動くセンサーでスキャンもされた。MRIではなくX線だったのかな?よくわからない
検査結果は…健康状態は良好。労働に支障なし。
重要な点。イルカ様に感染する病気や寄生虫もありません。だってさ!
扱いは酷いけど無料で健康診断を受けられたのは良かった。
定期的に通ってやろうかな。僕は健康を気にする頭足類なので。
それでイルカのジム部屋なんだけど。デカかった。とにかくデカくて綺麗だった。
まずは深さが凄い。プールの深さが50メートルぐらいある。長さじゃなくて深さだよ?
深さ50メートルっていうのは、自由の女神や五重塔が全部入るし、マンションなら15階分ぐらいの高さってことだ。下を見るのがちょっと怖い。
プールの長さはたぶん300メートルぐらいあるんじゃないかな。
広すぎて入口からじゃ向こうの壁が見えないくらいだ。
照明の太陽灯も自然な感じでありながら高級感もあって、タコ部屋の冷たく光るだけの青い電灯とは違う。
深く海水を吸い込んでみるとたっぷり酸素が含まれていて、それでいてい塩素臭さがまるでないんだよね。朝の高原の空気を吸い込んだような心地がする。
とにかく、照らされる光や吸い込む海水からして環境にかけられている配慮と資金が凄い。
『はえー…いいとこ住んでるなあ…』
と声が漏れてしまった僕を僻み根性だとか田舎者とか責めないでほしい。旅先で5つ星ホテルに宿泊してハシャがない人間だけが僕に石を投げる資格があるのだ。
『そう?普通だキュー』
ウィリーは僕の気持ちなど忖度することなく上級動物発言をかます。
これが普通なわけないだろ!
途上国の駐在先で贅沢する駐在員みたいな発言をしやがって。
僕もここに住みたい。
ダメ?




