第14話 人間に会いたい
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意外なことに、人間を目にする機会は向こうからやってきた。
『人間?もう少ししたらウィリーの水槽に来るキュ?』
などと、あっさりとイルカが告白したのだ。
そもそもウィリーの方で隠す意識は全然なかったようだけれど。
『人間が毎日イルカのところに来るわけじゃないんだよね?』
イルカは人間に飼育されているイメージが抜けなかったので尋ねたのだけれど、どうも違うらしい。
「当たり前のことキューッ!人間は難しい仕事しているから忙しいキューッ!人間はイルカと触れ合って癒やされに来るキューッ!セレ…セリ…セリピーとかいうキュ?』
それを言うならセラピーな。
なるほど、アニマルセラピーのためのイルカ遊び。そういう感じなのか。
イルカは人間と遊んであげるのも仕事ということになるんだから愛されてる動物ってのは動物ライフがイージーモードだなあ。
僕も芸人枠で人間に会わせてもらえないかな。
単純に未来の人間がどんな感じの存在なのか興味があるし、人間とのコネは僕も欲しい。
僕の今の状況ーー980日で死ぬ。賃金なしーーを改善できる存在がいるとしたら、それは人間だけだろうからね。
無料の友情出演とかでもいいからさ。
ビジネス友情を発揮するのだって得意分野だよ。
タコはイルカの有料な友達です!お支払いはカードで!
と、諸々の打算と思惑はいったん脇において確認事項がある。
『いちおう聞くけど、人間ってリナのことじゃないよね?』
『半機械化人は人間じゃないキュ』
おいおい。弩級のストレート差別発現をかますイルカだな。
ええと、例の矯正学習教材によれば人間、半機械化人、機械化人の三種類の人間がいるんだっけか。
たぶん人間社会も動物と同じように社会の階層化が進んでるんだろうな。
建前だけでも平等が保たれていると良いけど…。政治形態ってどうなってるんだろう?民主主義が続いているかどうかは望み薄だな…。
『人間は青い髪じゃなくて、金色と黒色の髪してるから人間だキュ』
うーん。このイルカの言う事を信じて良いものか。
ここまでの発言を聞く限り、ウィリーに人間と機械化人の区別がついているようには思えない。
単に髪の色が違う半機械化人を人間と言っているだけかも…
『ちなみに肌の色はどうなの?』
『みんな白いキュ』
太陽から13億キロも離れた僻地のエンケラドスに来るぐらいだから、そりゃあ白い肌をしているのか。メラニンで紫外線防御している場合じゃないよな。居住空間で水や氷の分厚い防御で宇宙放射線は防ぎつつ、肌に適度に人工紫外線ライトを浴びてないと健康に問題がでるだろう。
『でもリナだって色は白いよな…他に何が人間っぽい特徴ってないの?』
『キュキュッ!だからタコは賢くないの!人間はお前みたいに透明な殻を被ってるから人間だってすぐわかるキュ。リナは水の中で殻を被らないの!』
また新情報。リナは半機械化人で水中行動の機能があるのか。
水中で働く動物たちの管理をするのだから機械化で水中行動できるのは当然か。
あの青い髪もファッションでなく何か役割がありそうだ。
『あれ?じゃあ人間はプールの中へ泳いでイルカに会いに来るのか』
無意識に水族館のイルカショーのように、イルカが泳ぐプールサイドに人間が触れ合いに来るイメージを持っていた。
でもよく考えてみたらこの星の重力じゃイルカがジャンプしたら天井にぶつかるし、どこまでも飛んで行ってしまうか。上方が開いた広大な水槽を用意するよりも、潜水服を着てイルカと触れ合い体験をしに来る方が合理的だよね。
太陽系の僻地で働く人間なら宇宙服を着慣れているだろうから、潜水服で活動するぐらいなんてことないだろうしね。
プールの中でイルカと一緒に泳いだり背ビレに掴まらせてもらったりするのかな。一緒に水中ボール遊びなんかもするのかもしれない。
『あのさ、僕も機械化してない人間ってやつを見てみたいんだけど、今度の機会に見学できないかな。玩具のフリして隅っこで見てるからさ』
『お前みたいに可愛くない玩具はいらないキュー』
イルカにまで可愛くないと言われた。
でもめげないぞ。
僕の魅力は可愛さじゃないことを僕は知ってるからね。
それは具体的にどこかって?ほら…輝く知性が隠せない瞳とか、頭が腹ペコキャラなところとか…体色だって変えられるよ?腕足だって綺麗に揃えて遠くから見れば水に靡く髪の毛に見えないこともないし…
賢くて腹ペコで髪色が変わってるなんて、ラノベのヒロインキャラって感じするだろう?
『ラノなんとかはわからないけど、ダメなことだけはわかるキュー』
やれやれ。学のないイルカはこれだから困る。
僕は少しばかり知性の差を見せつけてやることにした。
『ほらタコ文字だってできるんだよ。これがABC』
柔軟な腕足を活かして体全体でアルファベットを表現する。
人体では無理な文字もタコなら余裕さ。
『なんだそれキュ』
こいつ、あれだけ賢いアピールしておいて字が読めないのか!
なんてことだ。微妙に僕が滑った雰囲気になってるじゃないか。
『ええと、ほら人間と遊ぶときに玩具を渡す係が必要だろう?ボールとか輪っかとか。僕は腕足が8本あるから沢山準備できるよ!ほら!』
浮いている輪っかとボールを8つ、一度に掴んで見せたパフォーマンスは少しだけウィリーに受けた。
『なんか必死だから会わせてやってもいいキュキュ』
憐れまれただけだった。
く、屈辱…。まあ…結果オーライだよね。臥薪嘗胆ってやつさ。
最後に目的を達成できれば勝ちなのだ。
その過程で多少プライドが傷つくことぐらいなんてことない。
…今夜はプールの青色がなんだか目に染みるぜ。




