第13話 タコはお賃金を稼ぎたい
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『いくよーキュキュッ!』
『おーす』
ばいん。と、ボールを返す。
『ほーらとめてみろキューッ!』
『おっと。通さないよ』
器用に鼻先で水中をドリブルするイルカからボールを取り上げる。
『キューッ!次はかわすキュキュッ!
…何をしてるかって?
見ての通り、イルカ様のご遊戯のお相手を謹んで努めさせていただいているところですよ。
長時間労働の後でね!
『仕事で疲れてるから相手したくない』と上司に訴えたのだけれど、一種労働動物の権利は三種労働動物の権利よりずっと重い、というのがこの世界の規則なので、抗議は無駄になりました。
これは自由時間を獲得したことになるのかな?
僕の自由時間でないのが哀しいけれどイルカの自由時間にフリーライドしている、と考えれば悪くない結果かもしれない。
自由時間だけでなく食事もフリーライドさせてくれなら文句はないんだけどね。
具体的にはおやつが欲しい。
そうしてイルカは2日と空けずに遊びに来るようになったのだった。もう完全に遊び相手としてロックオンされている。
他に遊び相手がいないのかもしれないな。イルカは群れで暮らす習性があると聞くけれど、太陽系の僻地では一緒に来てくれるもの好きは少なかったのだろう。
あるいは単純にタコを突つく遊びよりは、水中ボール遊びの方が楽しくなったので相手が欲しくなったのかも。他のタコだとボール遊びという概念を理解できないかもしれないしね。
それに遊び付き合いが僕に何のメリットもないか?と言えばそうでもない。
たかが玩具であっても未来の技術を推察するヒントにはなる。
例えばこのボール。たかがボールなんだけど、かなりの技術が詰まっている。
まず水中にあっても浮き上がらない。空気が詰まったビニールやゴムのボールであったら、こうは行かない。たぶん3Dプリンタ成形されているボールなんだよね。
ボールの弾力は空気でなく素材自体の性質と形状が担っている。ノーパンクタイヤなんかと同じ技術だ。けれど、このボールのほうがずっと洗練されてるように思う。
具体的には暗い水中でもよく見えるように少し光っているんだよね。蛍光塗料が塗ってある、というよりは素材に発光塗料混ぜ込んであるんだろう。おそらくは紛失防止に電波か音波の追跡タグもついているはず。電池交換できるような構造は見当たらないので、ボール素材から太陽光発電もしくは衝撃発電で充電できるようになっているんだろうね。
うーんハイテク。それをたかがイルカの遊び道具に詰め込んであるのがもっと凄い。
あとでボールは貸してもらって蛸壺のある部屋に持って帰った。蛸壺の前に配置して蓋をしたり夜間の寝室灯ににちょうど具合が良かったからだ。
殺風景で蛸壺一つの狭い寝室だけれど一つぐらい家具があってもいい。
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今日もウィリーの遊び相手を務めている。
どこか上の方で話し合いがもたれたのか、労働時間が少し減らされて遊び時間が伸びた。下っ端動物の仕事よりも偉い動物の遊びの方が大事なのか。
一種労働動物と三種労働動物の権利の差を感じるね。
『なあウィリー、ちょっと聞いていいかな。このボールとか輪っかってどうしたんだ?人間がくれるのかい?』
ウィリーはモノ持ちだ。金持ちかは知らないけれど、僕よりも遥かにーー食べカスの殻しかない僕と違ってーー遊び道具をたくさん持っている。借りたボールとは色も大きさも違うボールを遊ぶたびに持ってくるし、水中輪くぐりに遊ぶフラフープもいくつも持っている。
このフラフープも凄くて、水中に配置したら、その場に静止するんだよ?たぶんエンケラドスの海水と同じ比重に調整されてるんだろう。ボールと同じように少し光っているし、紛失タグだってついているだろう。それ以上のテクノロジーがどうなっているかは僕にはわからない。
そういう高級品をーー辺境では特にーーどれだけ持っているのか。そもそも、どこに保管しているのか。たぶんイルカ用の個室や倉庫を持っていると思うんだよね。
それと、先日聞いたように人間にもコネがあるだろう。第一種動物の役割は人間と動物の橋渡しだそうだからね。なので、人間に愛想よく振る舞ってプレゼントを貰う機会も多いだろう。
仕事の報酬って、何ができるか、よりも、どこにいるのか、で多くは決まるんだよね。
労働動物の世界も実は能力主義でなく社会階層の方がずっと大事。
未来の世界なのに封建主義めいているのは皮肉が効いているね。
だからまあ『人間に貰えるなんてイルカはいいね』と羨んだわけだ。
『ノー!キュキュ―ッ!これだからタコはダメ!イルカは賢いからAW稼いでる!自分で買ってるの!』
イルカの返答は思っていたのと違った。
それに何か変なことを言ってる。
『AW?なんだいぞれ』
初めて聞く単位だ。動物用のローカル通貨なのか?
りんご一個は葉っぱ一枚とか。
『キュキュッ!やっぱりタコは賢くない!お金も知らない!』
『いや知ってるけどさぁ…』
なぜ知らないと思われたのか。不本意である。
ウィリーの怒りようを聞くとAWとやらは、動物用じゃなくて一般でも通用する通貨なのだろうか?
するとドルは基軸通貨の座から滑り落ちたのか。代わりを務めたのが元でも円でもユーロですらないんだな。
どこの国の通貨なんだろう?地球のどこかの大国だろうか。
それともユーロのような連合が発行している通貨なのか?
お金についてもわからないことだらけだ。
『…それよりも。ウィリーは買い物ができるのか。すごいな』
『ようやくわかったの!イルカは賢いから買い物できる!キューッ!』
『ああ。ほんとうにすごい』
僕は頷いた。
イルカに法律に基づいて賃金が支払われていること。
イルカにも理解できる買い物の手段が整備されていること。
イルカにも利用できる決済の権限が与えられていること。
イルカが好む商品がマーケティングされて生産されていること。
商品が配達される物流手段があること。
商品がエンケラドスに届くこと。
動物にも賃金を与えて商品を買わせるってことは労働動物にも市場参加させることで経済成長を図る経済システムが存在するらしいこと。
すべてが凄い。さすが未来社会だ。
この凄さを少しは三種労働動物の待遇改善に向けてくれていたらなあ…
うーん…なんとかして僕も賃金が貰えるようにならんかなあ。
貯金があれば空腹になったときに好きにおやつが買えるようになるかもしれない。
どうすれば三種労働動物の僕が賃金が貰えるようになるんだろう?
イルカにくっついて人間相手に芸でもしてみる?
タコになって柔軟性が上がったから、人文字ーータコ文字?ーーとか得意だよ。




