第12話 イルカは人と動物の架け橋
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軍隊が負けて逃げないとならなくなったときに、言うじゃない?
「これは後退ではない。転身である」とか。
この種の欺瞞的な言い方、僕は好きじゃないんだよね。
戦場で負けた、というのは揺るぎない事実でしょ?
事実を事実と認められなくなったら、認知と判断基準が緩んで結局は最終的な敗北へとつながることは過去の歴史が教えてくれる、と思うんだ。
まあつまり何が言いたいかと言うと、僕は失敗を認めるのにやぶさかではない。
そうとも。「イルカ野郎を密かにやっつけて手下にして持ってる情報を全部抜いてやろう」作戦は残念ながら失敗だ。転進の必要がある。ちがった。転身ね。君主豹変す、の方の転身。
いやいや事前に分かっていたことではあるんだよ。
成功の確率は最初から高くなかったのはね。
なにしろタコとイルカでは、体重でおよそ50倍は差があるんだから。
50倍の差といったら、小学生男子(30kg)がサイ(1,5トン)と戦って勝つぐらいの無謀さなんだもの。厳しいって。
しかも短期決戦で勝たなければ、不公平な審判が介入してきて僕は判定負けするアウェイ環境までついてくる!
例え引き分けーー両者飯抜きーーに持ち込めたとしても、イルカ野郎はおやつーーおやつだよコンチクショウ!ーーが貰えるので回復力で負けるんだ。
というわけで、略称「やっつける作戦」は高度に戦略的で柔軟性の判断に基づいて一時中止するものとする。
運の良いイルカだ。命拾いしたな。
985D Left
イルカが襲ってこない朝は平和だ。そして退屈。
今日も暗い深海まで長時間かけてダイブして、暗い海を指定された海域で箱を抱えて泳いでいるだけで一日の労働が終わった。
それにしても、人間たちは僕に何を探させているんだろう?
過去の開発で沈めてしまった建設機械や潜水艦?高品位の鉱脈や熱水鉱床?
事故で遭難した人間の遺体?新種の地球以外の生物?
教えられない以上は何かの秘密なんだろう。
教えてくれたって良いのにな。どうせ秘密を漏らす相手も手段もないのだから。
捜索方法についても疑問はあるんだよね。なぜ僕に泳いで探させるんだろう?
単純に考えれば水流、水温、音響の複合センサーを海底にバラ撒けばいいように思うんだけど、予算が無いとか環境を汚染するとか、いろいろ縛りがあるんだろう。
それと僕の方がずっと柔軟で費用が安すぎるのが理由である気がする。
そして労働の後はお決まりの長時間浮上と上司とのお喋り。
最近のリナは少しだけ態度が人間寄りになったように感じる。
先日怒られたときにめちゃくちゃ怖い顔を見たから、そのギャップで普段の顔に対する僕の感じ方が変わっただけかもしれないけれどね。 あれは怖かった…
『それでイルカはここで何の仕事をしているの?監視と突っつくのが仕事って本当なの?』
『近接領域の仕事に関心を持つことは推奨される学習態度ですね。当地では一種労働動物は高い知能及びコミュニケーション能力と優れた遊泳能力を活かして人間と、当海域における三種動物コミュティとの橋渡しを行う役割が期待されています」
『えーと…イルカが人間と僕達との通訳みたいなことしてるってこと?』
『正しい理解ですね。いくら知能化をしていても、強い本能を持つ動物とのコミュニケーションは難しいものですから』
イルカが通訳だって?とすると、ウィリーは人間からタコ達の労働を監視しろと言われているから、僕たちとの関係を構築するつもりで張り切って突ついて回っているってこと?上下関係を教えこむニワトリかよ…。
あいつ、あれで良かれと思ってやってたんだ…気に入られようとしてちょっかいをかける小学生男子か…?
でもやっていることは奴隷鉱山の憎まれる鞭打ち役みたいなものじゃないか。
僕がイルカの頭の悪さに頭痛を覚えつつも『知性では勝った…』と体色を鮮やかに変化させていたところへ、リナは意外なことを告げた。
『ウィリーは優秀ですよ。多くの三種労働動物との関係を構築できていますし、資源採取基地の海中設備における異常箇所発見率もトップです』
『マジで!??』
あのイルカが優秀だって…?違うイルカと間違えてませんか…?
『ウィリーは個体としての認知能力と好奇心が突出して高く、違和感を見つける技能に優れています。先週も深層吸水シャフトの枝配管の接合部の漏水箇所を発見しています。何よりも仕事自体を楽しんでいることが高い業績に繋がっているものと推測できます」
あー。たしかに楽しそうにしていたわ。
そういえばイルカの集団がフグを突ついて薄い毒を出させて遊んでいる動画とか見たことある。
僕にとってはボトムオブボトムのブラック職場なのだけれど、イルカにとっては遊び場の延長の感覚なのだろうなあ。
なるほど。適材適所というやつだなあ。
僕にはあんまり合わない同僚だけれど、必要とされている職場で輝いているなら特に口出しする必要もないかな。
僕は心のなかで『イルカ野郎を密かにやっつけて手下にして持ってる情報を全部抜いてやろう』作戦を一時停止から廃棄することに決めた。
僕の小さな決意もいざ知らず。
「おーい遊ぼーキューッ!」
浅い海域まで浮上してきたら、ウィリーが僕を待ち構えていたのだ。
しかも輪っかやボールなんかの遊び道具を咥えていた。
なんでいるんだよ?
いやそれより、どこからどうやって遊び道具を調達した?




