第11話 パンがなければお菓子を食べればいいじゃない
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いやあ。怒られた怒られた。
もうね。こんなに怒られたのはーー人生含めてーータコ生で初めてってぐらい怒られた。
冷血な上司にも感情があったんだね。嬉しい驚きだよ。
半機械化人間は怒るときも顔の左右対称が崩れないままで怒るから凄みがある。
眼の釣り上がりも眉毛も左右ぴったり同じ角度で上がるんだもの。
光信の指先がピカピカじゃなくてビカッ!ビカッ!て感じで光ってた。
『オクト。あなたは労働時間中に離脱を図りました。また潜水設備と基地の安全機器を危険に晒しました。重大な規則違反であり、規律違反です』
『…はい』
このまま廃棄処分されるかと思ったよ。いやほんとに。
ふだん静かな人が怒ると怖いってほんとだね。
気をつけよう。
『オクト、本日の食事は抜きです』
それで。こういう判決《結果》になるわけよ。
ノーワーク・ノーフード・ノーライフ。
の三つのノーに加えて、不公正で無慈悲な判決をうける。
ノージャスティス・ノーリモース・ノーフードの3つのノーだね。
あと2つノーを足せば8本の腕足にちょうどいいかな。
嘘です。
とても反省してる。超反省してる。
『変な色に変わって反省のフリをしてもダメです』
ダメだった。
体色を褪せ色に変えるのはだいぶ上手くなってきた自信があるのだけれど、怒っている相手の感情を和らげたり情に訴える力は弱いらしい。
一言で言えば、かわい気力が足りない。
今後は、大きな目玉の模様を浮き上がらせる練習でもしようかなあ。
ある種の毛虫とか鳥が獲物から逃げたり敵を驚かす擬態に使ってるよね。
頭に浮き出た大きな目で見つめれば…キモいからダメかな。
憐憫や同情でなく、嫌悪や恐怖感情を刺激する結果になりそうだし。
『キュキュキュッ。ザマーミロ―!キュー――ッ!」
僕が怒られている横で、イルカ野郎が喜んでいるのがほんと腹立つ。
元はと言えば、ほとんどこいつの責任なのに。
『お前だって飯抜きだろう?』
喧嘩両成敗ということか、イルカもいちおう怒られていたはず。
反省の色は僕以上にないけれどね。
ところで、勢いよく氷山に突っ込んだはずのタコとイルカに怪我はなかったのかって?
それが全然。全く。かすり傷もありません。
海が暗くてよく見えていなかったのだけれど、基地の近くの氷山には衝突防止のネットが張ってあったみたいなんだよね。
イルカに優しい世界の法則を考えれば、労働環境の安全基準を満たすための設備投資をしているのは当然といえば当然だった。
だから盲目状態で突っ込んだイルカも、ついでに貼り付いてたタコも無傷。
タコ・シェルはそもそも頑丈だし、イルカは僕よりも高級な潜水作業服を着ていたみたいでね。
貼り付いていたときの腕足触りで分かったのだけれど、外からは普通のイルカにしか見えない皮膚の上が極薄のシリコン素材で覆われていたんだ。
それでいて保温性能や水密性能が保たれているのだから、凄い技術だ。
たぶん素材的にはタコ・シェルに近いんだろうけど、イルカ・シェル(仮称)は繊細さと技術的な造り込が段違いだ。
錆びと皺と《《バリ》》を完備した僕のぼってり分厚い量産品とはモノが違うね!
おかげで擦り傷ひとつ負わなかったよ。
『はーーーっ…飯抜きか…』
がっくりと頭を4本の腕足で押さえる。
普通のタコなら1日ぐらい餌抜きでも平気なのだろうけれどーー野生は厳しいからねーー僕は知能化されたからか、やたら頭が空く。脳は人体の2割の酸素と栄養を消費する、と聞いたことがある。知能化タコの場合、消費割合はもっと高そうだ。
そうして落ち込む僕を嘲笑する機会を意地悪なウィリーは逃すはずもなく。
『キュキュキュ!タコはイルカよりも頭悪い!食事が抜きならおやつを食べればいいの!イルカはタコより頭いい!』
お前はどこのマリー・アントワネットだ。
出身地は地球のオーストリアか?あの国は内陸で海がなかったはずだが。
いやそんなことよりも聞き捨てならない言葉があったような。
おやつ?おやつってなんですか?
タコは視たことも聞いたこともありませんが?
じっと上司を見つめて回答を促した。
『一種労働動物のイルカには労働契約で食事とは別に報酬の一環として補助食の提供が義務として定められています』
なるほど。イルカへのおやつ提供は法律による義務なのね。
無駄とは知りつつも重ねて聞いてみたよ。
『僕は?』
『三種労働動物である頭足類には、1日1食の食餌が推奨されています』
『ちょっと!そこは少なくとも推奨じゃなく義務化しておくところでしょ!
食事なくして労働なし!タコは連合議会に議席を要求する!』
『三種労働動物である頭足類に被選挙権はありません』
知ってた。ちょっと勢いで言ってみただけです。
僕は振り上げた腕足を力なく降ろしたのだった。




