番外編その49:保健室の先生
「いいかお前ら! そもそも『二次関数』という言葉自体にもっと注目すべきなんだよ!」
「「「……」」」
「二次関数……、『二次』の『関数』。――そう、つまり答えは、ワイ=8になる訳だ! みんなわかったなッ!?」
「「「……」」」
あんたやっぱ数学教師向いてないよ安本先生。
IGAの人員はこんなんばっかなの?
しかも前の問題の時も答えワイ=8じゃなかったですか?
……数学のテストで答えがわからなかったら、ワイ=8って書こうかな。
「失礼します」
「ん?」
――!
その時だった。
にわかに扉を開いて、いつぞやみたいに一人の大人の女性が教室に入ってきた。
――しかも僕はその人物に見覚えがあった。
そう、何を隠そう、それはまさしくアーリス・ユーゴーその人だったのである。
ア、アッリスートオオオオ!?!?!?
「なっ!? 何でアンタがここにッ!?」
瞬時にまーちゃんが立ち上がり、僕を守るようにアーリスに対峙して構えを取った。
ま、まーちゃん!?
危険だよッ!
――が、
「ああ、そういえば今日からって言ってたな。ご苦労さん」
「うふふ、いえいえ」
「「「っ!!?」」」
安本先生はまるで同僚に接するかのように、アーリスに労いの言葉をかけた。
ど、どういうことなんだ、いったい……。
「うふふ、『ど、どういうことなんだ、いったい……』って顔ね、智哉くん?」
「――!」
僕の周りはエスパーばっかか!?
「後で詳しく説明してあげるわよ。――昼休み、保健室に来てくれる?」
「保健室!?」
「うふふ」
含みのある笑みを浮かべながら、アーリスは扉を閉じてどこかに行ってしまった。
……まったく意味がわからない。
まーちゃんも状況が飲み込めないらしく、ポカンとした顔で虚空を見つめている。
「コラ足立、まだ授業中だぞ。席に着け」
「あ……はい」
まーちゃんは頭にクエスチョンマークをいくつも浮かべながら、トボトボと自分の席に戻った。
「よーし、では次は、エックスと初めて出会った時の、ワイの気持ちをみんなで考えてみよう!」
「……開けるよ、みんな」
「う、うん」
「いいよ、茉央ちゃん」
「俺もいいぜ」
そして迎えた昼休み。
僕達四人は、まーちゃんを先頭に、勇者パーティーみたいに一列になって保健室の扉の前で息を殺していた。
とにもかくにも、IGAに捕まっているはずのアーリスが、何故またこの学校に来たのか?
そして何故安本先生はアーリスと親しそうにしていたのか?
何故僕達を保健室に呼んだのか?
疑問は尽きないし、罠の可能性もあるから保健室に行くのは危険だという意見も出たが、結局は自分達の目で確かめないことには状況は進展しないという結論に達し、僕達はここにいるのだった。
「たのもー!」
まーちゃんはスパーンと小気味良い音を立てながら、豪快に扉を開いた。
「うふふ、いらっしゃい」
「「「――!」」」
斯くしてそこにはアーリスが、妖艶な笑みを浮かべながら、艶めかしく足を組んで座っていた。
先程はあまりの衝撃で気付かなかったが、よく見ればアーリスは白衣を身に纏っている。
そして容姿も僕を誘拐しようとした時の『羊モード』ではなく、『人間モード』だ。
――待てよ!?
保健室に……、白衣!?
ま、まさか――!?
「今日からこの学校で養護教諭として働くことになった、有栖優子よ。よろしくね」
「「「っ!!?」」」
ヨ、ヨッゴキョーユーーー!?!?!?
「立ち話も何だから座ったら?」
「……どういうことよ」
まーちゃんはアーリス――いや、優子の言葉を無視して、その場に立ったまま問いかけた。
「うふふ、どうもこうも、そのままの意味よ? 私は今日から保健室の先生になったの。だから仲良くしましょ?」
「そっ!? そんな話信じられる訳ないでしょッ!? 大体あなたが――」
「フッ、有栖の言っていることは本当だぞ、足立」
「「「っ!!」」」
――その時、いつぞやみたいにすぐ横の壁に保護色の布で隠れていた変公が、豪快に布を脱ぎ捨てて姿を現わした。
お前まさか、僕達が来るまでずっとそうやってスタンバってたのか!?
僕達の税金を返せッ!!(払ってるのは僕の親だけど)
「……私達が納得のいく説明をしてくれるんでしょうね、峰岸先生?」
「フッ、お前が納得するかどうかは何とも言えんが、説明はしてやろう。なーに、何のことはない、有栖もIGAの一員になったというだけの話だ」
「「「――!!」」」
IGAの一員!?!?
そんなバカなッ!?
ドラ〇ンボールじゃあるまいし、倒した敵を味方にしていくなんて、現実じゃ有り得ないだろ!?
……いや、もちろん僕も、裏の世界に詳しい訳じゃないけどさ。
「うふふ、そういうこと。これはある種の司法取引みたいなものよ。忍者として日本のために尽くすことを条件に、ある程度の自由を与えられたって訳」
「……」
それでもにわかには信じられない。
確かにアーリス程の戦力が味方になれば、IGAにとっては値千金だろう。
だがそれは、本当に味方になったとしたらの話だ。
桁違いの力を持っているということは、いつでも裏切れるということでもある。
そして次に優子が敵に回った場合、僕達が勝てる保証はどこにもない……。
「フッ、お前達の心配はもっともだ。――だが安心しろ。ちゃんと首輪はつけてある」
「え?」
首輪?
「うふふ、文字通りの、ね。ホラ、これ」
「――あ」
優子が顎をクイと上に向けると、陶器のような白い首に、悪趣味なチョーカーが巻いてあるのが目に入った。
あ、あれが何だっていうんだ?
「これはね、爆弾なの」
「「「っ!!!」」」
ば、爆弾ッ!?!?
「フッ、しかも驚くなかれ、水素爆弾並みの威力があるにもかかわらず、周囲には一切の被害が出ないように設計されているのだ」
「「「っ!?!?」」」
今何て言った!?!?
そんなことが、今の科学力で可能なのか!?!?
……いや、可能だな。
こいつなら、それくらいの発明は出来て然るべしだ。
何せ1トンの日本刀や、巨大人型ロボットを作るようなチート技術を持ってるんだもんな。
「うふふ、これでわかってくれたでしょ? 私がこの首輪を無理矢理外したり、IGAを裏切るようなことがあれば、これが爆発してザ・エンド(誤字にあらず)って訳。流石の私も、首に直接水素爆弾級の爆発を喰らったら耐えられないわ」
「……」
まあ、そういうことなら、大丈夫、か?
「フッ、因みにこの首輪は、私が開発したものではないぞ」
「えっ!?」
じゃあ、誰が!?
「IGAの参課には爆弾作りのスペシャリストがいるんだ。他にも一芸に秀でたやつがわんさかいる。――参課の一番の売りは私の発明じゃない。豊富な人材さ」
「……」
なるほど。
少しだけ変公のことを見直したぜ。
こいつは決してワンマンなマッドサイエンティストって訳じゃなかったんだな。
ちゃんと人材の大切さをわかっている、一端の上司だったんだ。
確かにどんな分野でも、一人の人間に出来ることは限られている。
小説家になりまっしょいの小説だと、主人公が何でも一人で解決しちゃう話が多いけど、現実はそんなに甘くはない。
多くの人間が、互いに支え合っているから、強いんだ。
当たり前のことだけど、意外と忘れがちなことだよな、これって。
「うふふ、という訳だから、これからは私に会いたくなったら、いつでも保健室にいらっしゃいね、智哉くん」
「――!」
優子が舌なめずりをしながら、光沢のある瞳で僕を見つめてきた。
「なっ!? ともくんがアンタに会いたくなることなんてないわよ、このドスケベ養護教諭!」
「まーちゃん!?」
ドスケベって……。
女子高生が使うワードじゃないでしょ……。
やっぱまーちゃんて、中身はオッサンなのでは?
「そもそも何でアンタが肘北にいるのよ!? 別に忍者の仕事は、ここじゃなくても出来るでしょ!?」
あ、確かに。
いくらここがIGAが運営母体の学校だからって、わざわざここに常駐する必要はないはずだ。
「うふふ、そんなこともわからないの?」
「何ですってッ!?」
優子は挑発するような視線をまーちゃんに向けている。
あわわわわわ。
一触即発だよお。
「……智哉が、カオスオーナーだからか」
「「「――!」」」
勇斗ッ!?!?
どうしたんだ急に!?!?
お前はそういう鋭いことを言うキャラじゃないだろ!?!?
急なキャラ変に、僕の頭はワニワニパニックだぞ!?!?
「智哉がカオスオーナーである以上、今後も有栖さん、あんたみたいな人が智哉を狙ってこないとも限らない」
「「「――!!」」」
勇斗ッッ!!!!
「だからボディーガード代わりに、あんたもこの学校に来た。そんなとこかな」
「うふふ、ご名答よ、田島くん」
「勇斗くん……」
唐突な勇斗のコナン君ムーブに、篠崎さんは目がハートだ。
あーあ、結局最後は勇斗がオイシイところ持ってくんだよなッ!(嫉妬)
「うふふ、それでは改めてよろしくね、みんな。――ああ、そうそう、智哉くん、足立さん」
「「え?」」
な、何?
「今後は保健室をああいう目的で使うのはダ・メ・よ?」
「「っ!!!」」
そ、それって……!
クツガエール改の時のこと……!?
何でバレてるの!?!?!?!?
絵井「な、なあ微居、この前の峰岸先生に飲まされた薬のことなんだけどさ――」
微居「そのことは口に出すな。俺達は女になどなっていない。――いいな?」
絵井「う、うん……」
微居「…………」




