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あれ以来、キィとは疎遠になった――というわけでもなく、彼女はちょくちょく俺たちの暮らす『シア荘』に遊びにきてくれた。
プリシラは友達が増えてよろこんでいた。
プリシラは最初にキィが訪れたとき、さっそくベオウルフに彼女を紹介したのだった。
ベオウルフはというと……。
「……あなたは『強い』ですね」
最初の一言がそれだった。
剣士の嗅覚で嗅ぎ分けたのだろう。
キィの眉毛がぴくりと動いた。
「ああ。私は強い」
「そうですか」
「きさまも『強い』のだろう?」
「弱くはないです」
「ほう」
これから決闘をしよう、とどちらかが言い出すのではないかと俺とプリシラはひやひやしていたのだが、さいわいなことにそうはならなかった。
二人とも紅茶とお菓子を楽しむだけだった。
ある日、この日も昼下がりにキィが『シア荘』に来訪した。
プリシラはさっそくはりきって紅茶を淹れてくれた。
お菓子は昨日作った手作りのスコーンだ。
「なあ、キィ」
「なんだ、アッシュ・ランフォード」
俺は前々から尋ねたかったことを口にした。
「和平の使者のご褒美なんだが、お前の願いは最初からあれだったのか?」
「『あれ』ってなんだ?」
「国王陛下に娘として認めてもらうこと」
「……いや、私は特に願いなどなかった。当初はな」
だが、と彼女は続ける。
「あの旅を通じて少々思うところがあった」
キィの心境の変化をもたらしたのは、のっぽとちびの暗殺者二人組だった。
おそらく彼らはヴォルカニア王国の手先だったのだろう。
和平が結ばれず戦争が続くと、火薬の材料となる硝石を貿易の主力にしているヴォルカニア王国が延々と儲かるからだ。
だが、俺たちは暗殺者たちを退け、和平の交渉をイス帝国とディアトリア王国に約束させた。
ヴォルカニア王国のたくらみは打ち砕かれたのだ。
「あいつら、哀れだった」
のっぽとちびの暗殺者。
冷酷で残忍であったが、二人の間にはきずなというものが垣間見えた。
「あいつらはきっと、己の運命をただただ受け入れるだけで生きてきたのだろう。悲惨な境遇を変えようとは思いもせず。結果としてあいつらは大人たちの道具として使い捨てられた。あいつら自身も最期はこうなるとわかっていただろうに」
紅茶を口に含む。
「私もかつてはそうだった。王家の血を引いていながら忌まわしき子として捨てられた」
「そんな運命に抗いたかったのか?」
「他人の都合で自分の運命が決まるのが、なんだかしゃくにさわってな」
不敵な笑みを浮かべるキィ。
「愚かな王に一杯食わせてやれてせいせいした」
それからも彼女はときどき『シア荘』に訪れて俺たちとお茶を楽しむのだった。




