115-2
静寂の霧中を馬車は進む。
代り映えのない白い景色が延々。
本当に馬車は目的地へと進んでいるのだろうかと不安になってくる。
俺は迷子になっていないか確かめるため、再び御者に声をかけようとした。
……ところがなんと、御者の席には誰も座っていなかった。
慌てて手綱を操って馬を止める。
「御者はどこにいきましたの!?」
「わからない」
操り手を失った馬は、濃霧の中をむやみに進んでいたのだろう。
だとすると、俺たちは完全に迷子になった。
「この霧、どうやら魔法によるものじゃ」
スセリが言う。
やはり何者かが俺たちと陥れていたのだ。
和平の使者である俺たちをイス帝国に向かわせないため。
「アッシュよ。おぬしの魔力なら霧を晴らせるずじゃ」
「わかった。やってみる」
俺は魔書『オーレオール』の魔力を借り、打ち消しの魔法を唱える。
ところがそのとき、手の甲に鋭い痛みが走った。
ざくっという音が足元からする。
足元を見ると、そこには鋭いつららが地面に突き刺さっていた。
これが俺の手の甲をかすめたのだ。
氷の魔法……。やはり。
「くるぞ!」
「障壁よ!」
俺は防護の魔法を唱える。
ドーム型の障壁が俺たちを覆うのと、頭上から無数のつららが降ってきたのはほぼ同時だった。
あと少し遅ければ氷の矢の雨が俺たちを貫いていただろう。
降り注ぐつららの雨を障壁が受け止める。
障壁に亀裂が入り、危うく破壊される間際で雨は止んだ。
白い霧に黒い影が浮かぶ。
その正体は以前戦った暗殺者の小さいほうだった。
小さいほうは岩のような氷をまとった大きなこぶしで障壁を叩き、とどめの一撃を加えた。
障壁が破壊されるのと同時に、背後から背筋の凍る殺気を感じる。
間違いない。背の高いほうの暗殺者だ。
「お前の命、取らせてもらう」
小さいほうの暗殺者が氷の拳の連撃で襲ってくる。
のっぽのほうは誰が戦っているんだ。濃霧でわからない。
心配だが、今はちびのほうの相手で手いっぱいだ。
霧の中、刃と刃が打ち合う金属音が聞こえてくる。
早くちびを倒してみんなの助けに回らなくては。
氷のこぶしを絶え間なく打ち込んでくるちび。
身体は小さいとはいえ、これに殴られたら岩石で殴打されるも同然だ。
殴られたら最後、頭蓋骨はこっぱみじんになるだろう。
俺は氷の乱打をぎりぎりで回避し続ける。
後ろに飛びのいたちびが片手を横に振る。
すると空中に五つのつららが出現する。
再びちびが殴り掛かってくるが、今度は攻撃の終わり際に隙を消すようにつららがちびの背後から飛んできた。
本体とつららによる時間差攻撃。
休む暇もない。
このままでは疲労して集中力が途切れた瞬間に氷のえじきになる。
どうにかしてちびの攻撃の手を止めさせないと。
その瞬間、俺はある作戦をひらめき、危険を承知で即座に実行に移した。




