114-6
「さてと、腹ごしらえもしたことじゃし、行くとするか」
席を立ったスセリはニヤリとこう言った。
「エナの家を取り戻しに」
「え……?」
エナがぽかんと口を開ける。
それから時間差であわあわ動揺しだす。
「い、いいんですか……?」
「朝飯前なのじゃ、と言っておこう」
なんて粋な言い回しだ。
ついさっきセコい手を使った人物のセリフとは思えない。
キィの表情にも驚きと戸惑いが同時に表れている。
「だ、だが、私たちには使命が……」
「キィよ」
スセリがキィの肩に手を置く。
「心の天秤がどちらに傾いているくらいわかっておるじゃろう?」
「……!」
俺もスセリに加勢する。
「キィ。エナを助けよう。葛藤を残したまま成し遂げられるほど容易じゃないだろ? 俺たちの使命は」
「……」
キィは揺れている。相反する気持ちが衝突する葛藤で。
だが、スセリも言っていたように、揺れる天秤は間違いなく片方に大きく傾いているのだ。
エナは祈るように両手を握り合わせ、うるんだ目でキィを見つめている。
「……私はあれほどお前たちにえらそうな口を利いたのに」
キィが自嘲する。
「我ながらぶざまだな」
こうして俺たちはまたも寄り道をすることになったのだった。
人間に化けた魔物の正体をあばき、エナの家を取り戻す。
俺とプリシラとマリア、スセリとキィとエナの六人で馬車に乗り、エナの実家へと向かう。
広い領地に大きな屋敷がある。
喫茶店のある町はエナの一家の領地にあったため、屋敷にはすぐにたどり着いた。
揺れる馬車の中。
事態が事態なだけにみんな口数は少ない。
エナは今にも泣きそうな表情でうつむいている。
「お父さんとお母さん、魔物に殺されちゃったのかな」
おそらくはそうだろう。
魔物からすれば生かしておく理由がない。
「それを今から確かめるんだ」
「キィちゃん……」
馬車が屋敷の前に到着する。
門をくぐって敷地内に入る。
屋敷の扉を開けた執事がエナの姿を見て驚いた。
「エナお嬢さま!」
どうやらエナはこの数年間、行方不明扱いだったらしい。
執事は大慌てで彼女の両親を呼びにいった。
「エナ! 心配したんだぞ」
「生きて再会できるなんて奇跡だわ!」
両親は感激の涙を流しながらエナを強く抱きしめた。
エナは複雑な面持ちをしている。少なくともうれしくはないだろう。
当然だ。二人は魔物が化けた偽の両親なのだから。
エナはある日、崖から落ちて頭を打って記憶喪失になった。近くの町で喫茶店を営む夫婦に拾われて保護されていたところを顔見知りのキィが発見した。
――と適当につじつまを合わせた。
「ありがとう、冒険者のみなさん。それにキィ。今夜は我が家のパーティーに参加してほしい。みんなで娘の帰りを祝おう」
「……はい」
「……お父さん」
「なんだい? エナ」
エナがこう言う。
「エリカお姉ちゃんのお墓に、無事に帰ってこれたのを報告しにいっていい?」
「ああ、もちろん。エリカもよろこぶだろう。父さんと母さんはパーティーの準備をしているよ」
墓地への道すがら、エナがつぶやく。
「……私にお姉ちゃんなんていないんです」




