111-5
「この作戦なら間違いなくアッシュはプリシラに振り向くのじゃ」
「信用していいんですよね!?」
「のじゃじゃじゃじゃ……。ワシを信じるがよい」
悪だくみをする魔女の口調だった。
くるりとプリシラが俺とマリアのほうを向く。
「そういうわけですのでマリアさま。アッシュさまはマリアさまにお譲りします」
「よろしいのですの?」
「こ、これも作戦ですので……」
「……不穏ですけれど、わかりましたわ」
こうしてマリアは街角お姫さまコンテストに参加することになり、俺は彼女のナイト役になったのだった。
翌日。
俺とマリアはダンスの練習をしていた。
「アッシュ。ステップが違っていましてよ」
マリアが指導して俺がもっぱら練習している。
貴族の娘である彼女はダンスを完璧にこなせるのだ。
俺も一応、貴族の子だが、ダンスはさっぱりである。
それにしても、コンテストの科目にダンス勝負があるなんて……。
お姫さまを決めるコンテストだからあって当然か。
俺は手取り足取り、マリアにダンスを教わる。
「ふふっ。アッシュったら、とってもへたくそですわね」
「す、すまない……」
「構いませんことよ。そのほうがやりがいもありますもの」
こんなにマリアと長い時間、手をつないでいるのなんてはじめてだ。
少し慣れてきたが、やはり照れくさい。
マリアのほうはぜんぜん気にしていないようすで、優雅にステップを踏んでいる。
「こういう時間も楽しいですわね」
「小さいころを思い出すな」
幼いころ、彼女と屋敷の中庭でダンスをしたのを思い出した。
家族からできそこない扱いされていた俺は、貴族同士の社交パーティーにはめったに参加させてもらえなかった。
マリアはそんな俺にわざわざ会いにきて、遊んでくれたのだ。
お姉さんぶっていたな、あの頃のマリア。まあ、今もか。
「マリアは俺のどんなところが好きなんだ?」
「まあ、アッシュったら」
ふふっとはにかむマリア。
「それを言わせたら日が暮れますわよ」
「ひ、一言で頼む……」
「あえて言うとすれば――やさしいところですわね」
俺のその平凡な答えを聞いて少しがっかりした。
「やさしさなんて誰でも持ってるだろ」
「意外とそうでもありませんのよ。アッシュの優柔不断紙一重の思いやりは間違いなく美点ですわ」
夕食後、今度は本を読んで勉強した。
王国の歴史の勉強だ。
コンテストでは歴史の問題も出題されるという。
これに関しては、今度は俺も教える側に回れた。
父上に振り向いてもらいたくて、兄たちにばかにされたくなくて、勉強はしっかりしていたからな。
「ふわぁ」
マリアが口元を押さえてあくびする。
時計に目をやると、とっくに就寝する時刻だった。
「そろそろ寝ようか」
「そうですわね。お肌が荒れたら本末転倒ですものね」
さらに翌日は剣術の練習をした。
どうやらナイト役には剣での勝負があるらしい。
冒険者としてさんざん剣を振っている俺なら、まさか負けはしないだろうけれど。
「やりますわね、アッシュ」
「マリアもな」
練習相手はマリア。
お姫さま役と剣の稽古をするのもどうかと思ったが、彼女がやる気だったのでせざるをえなかった。
ケガをさせないように――なんて配慮できるような相手ではなく、本気で戦わないと俺がケガをするはめになるところだった。




