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109-2

 グラヴィル伯爵はいったん部屋を出て、しばらくして戻ってくる。

 伯爵の手には銀の杖が握られていた。

 杖の先端には宝石がついている。


「なっ!?」


 それを目にした瞬間、スセリがあっと驚いた。

 俺もマリアも同じ反応だった。

 銀の杖からすさまじい魔力が感じられたのだ。


「やはり魔力を感じられる者にはわかるのですな。聖杖アルカレイドの魔力を」


 聖杖アルカレイドと呼ばれたその杖にはおそろしいほどの魔力が宿っているのが感じられる。

 魔書『オーレオール』に匹敵する魔力だ。


 グラヴィル家の家宝である聖杖アルカレイド。

 アルカレイドは宿った魔力によって邪悪な存在を退けているのだと言い伝えられているという。

 事実、グラヴィル家が支配するオード領は魔物による被害が極端に少ないとのこと。歴史を振り返っても他の領主からの侵略に遭った記録も残っていないとか。


「これほどまでの物があるとは……。驚いたのじゃ」


 スセリが驚くくらいだから相当な代物なのは間違いない。

 グラヴィル伯爵は自慢げに笑っていた。

 これまでもこうやって見せびらかして自慢することが多々あったのだろう。夫人や子供たちはそんな彼を見て苦笑していた。


「おぬしの言うとおり、この杖には邪悪なものに苦痛をもたらす力を秘めておるのじゃ。天才的な魔術師が作り出したものなのじゃろう」

「『聖杖アルカレイド』がある限りオード領は永遠に平和なのです!」


 聖杖アルカレイドは専用の台座に立てられて部屋に置かれた。

 出席者たちはみんなそれをまじまじと見ていた。


 その銀の杖は美しい意匠が施されている。

 聖なる力をその外見で示している。

 宿した力を抜きにしても、芸術品としても相当の価値があるだろう。


 プリシラは目をきらきらさせて聖杖アルカレイドを見ている。


「きれいな杖ですね、アッシュさま」

「ワシとしてはこれを一度研究してみたいのじゃ」

「盗んではいけませんことよ」

「盗まんわいっ」


 それからしばらく経ち、パーティーも終わろうとした頃合いだった。

 事件が起きたのは。


「杖が浮いている!」


 出席者の一人がそう叫んだ。

 みんなの視線が聖杖アルカレイドに集まる。

 聖杖アルカレイドは台座から抜かれ、空中に浮遊していた。


「グラヴィル伯爵。あの杖はひとりでに浮くものなのか?」

「い、いや、こんなのは初めて見ました……」


 グラヴィル伯爵も動揺している。

 なにが起きているんだ。

 俺たちは困惑しながら杖のようすをうかがっていた。


 しばらく浮遊していたかと思うと、杖は如窓ガラスを突き破って外に飛んでいってしまった。


「アルカレイドが!」


 聖杖アルカレイドはみるみる遠ざかり、やがて見えなくなった。

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