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「アッシュ・ランフォードよ、お前には迷惑をかけてしまったな」
「国王陛下のせいではありません」
「アステリア王女も王家の人間。私も王族として詫びねばならん」
「はうう……。本当にごめんなさい」
しゅんとうなだれるアステリア王女だった。
「アッシュさんたちは『ウルテラの迷宮』の奥に行く必要があるんですよね」
「はい。たぶんそこに魔力を吸収している謎が隠されているはずなんです」
「私のことは、最後でかまいませんので、どうか調査に専念してください」
「そうさせていただきます、王女」
とはいえ、ここからどうするべきか。
俺たちは途方に暮れていた。
緊急事態のために落とし穴に自ら入って、今は底にいる。
もはやプリシラの描いてくれた地図は役に立たない。
俺たちは帰り道を完全に見失ってしまった。
「わたくしたち、迷子になってしまいましたわね」
「いざというときは転移魔法を使うがよかろう。アッシュならできるじゃろ」
転移魔法は魔書『オーレオール』を読んで魔力を借りれば使えるだろう。
だが、転移魔法とはいったん肉体を分解し、転移先で再構築するという原理。
極端な話、いったん死んでよみがえらせるという、ぞっとする仕組みなのだ。
俺はそんな博打めいた魔法を使うような責任はできるだけ負いたくない。
「転移魔法は最後の手段だな……」
壁伝いに落とし穴の底を探索する。
「あ、通路がありましたよ」
落とし穴の脱出口らしき通路があった。
通路を進んでいく。
さて、この道はどこへと続いているのやら。
そもそも俺たちは今、どこにいるのだろう。
迷宮の最深部に近づいているのか、あるいはまったく見当違いなところにいるのか。
「それにしても驚きですね、アステリア王女。何百年もこんな暗い場所にいたんですか?」
「幽霊になると時間の概念がなくなるみたいで、退屈さは感じませんでした。さみしかったですけど」
魔力吸収の件がなければ、王女は永遠に誰にも発見されない運命をたどったの可能性が高い。
となると、今回の事件は王女にとって思いがけぬ幸運だったのだろう。
「念のため質問しますが、王女は王都の魔力吸収に関係していませんよね?」
「まったく身に覚えがありません……」
アステリア王女と今回の事件は無関係と考えていいだろう。
と、そんなとき、ぐううぅーという変な音が聞こえてきた。
罠が作動したのかと思い、俺たちは立ち止まって周囲をうかがう。
「あの……」
おずおずとアステリア王女が手を挙げる。
「私のお腹の音です……。安心したらおなかが減って……」
幽霊も空腹になるのだな、とのんきな感想が出てしまった。




