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そうして俺たちは魔王ロッシュローブのたまごから生まれた少女、シュロを連れて元の世界に戻ってきた。
「記憶を持たない魔王か……」
ブレイクさんもさすがに困った表情をしていた。
シュロは今、ギルドの別室でプリシラやマリアたちと食事をとっている。
ギルド長室にいるのはブレイクさんと俺とスセリ、それにイルル。
「ブレイクさん。どうかシュロを罰しないでください」
「安心して。僕は決してシュロを悪いようにはしないから」
ブレイクさんがさわやかに笑う。
俺はひとまずほっとする。
「しかし、ブレイクよ。シュロの今後はどうするもつもりじゃ」
「うーん、たまごから生まれた雛は最初に見た者を親と認識するから――」
ブレイクさんが俺を見る。
「アッシュくんに親になってもらおうかな」
「ええっ!?」
「なんて、冗談だよ」
冗談か……。
ブレイクさんてそういうことも言う人なんだな。
とはいえ、保護者が必要なのなのは間違いないことだ。
記憶のまっさらなシュロをこの世界に放り出すわけにはいかない。
となると、孤児院か教会に預けることになるだろうか。
そんなことを考えていると、ブレイクさんが思いもよらぬことを言いだした。
「ときにイルル。キミはこれからも普通の人間として振舞いつづけられるかい?」
「はい。そのように設計されていますので」
「キミは人間から課せられた使命を終えた。残りの人生、このヴォルクヒルで暮らしていくつもりはないかい?」
「……」
イルルは目を伏せる。
人間らしい迷いの表情だ。
目を開くイルル。
「できるなら、一人の人間として生活していきたいです」
「では、僕がキミに家をあてがおう」
「できるのですか。ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
ブレイクさんが指を二本立てる。
「キミにはその家の家長として、二人の子供の成長を見守って欲しいんだ」
「同居するということでしょうか」
「正確には、家族になってもらう、だね」
それで俺もスセリもイルルも察した。
ブレイクさんはシュロをイルルに託すつもりなのだ。
けど『二人』って言ったが、あとの一人は誰だろう。
「私は母親になるわけですね」
「不服ならお姉ちゃんでもいいよ」
「では、姉で」
イルルが笑みを浮かべた。
まんざらでもなさそうだ。
「ブレイクさま、役目を終えた私に生きる意味を与えてくださって感謝いたします」
「おおげさだよ」
「あの、ブレイクさん、俺からもお礼を言わせてください。シュロを保護してくれてありがとうございます」
「困った人を助けるのが冒険者ギルドの役目だからね」




