98-1
毒素を含んだ煙だとしたら、すぐにでもここから逃げなくてはいけない。
スセリに異世界からの脱出を指示しようとしたが、その前に黒いもやがだんだんと晴れていった。
今のところ具合は悪くならない。
黒いもやが薄くなっていき、徐々に視界が開けていく。
そして完全に黒いもやが消える。
全員、魔王のたまごがあった場所を注視する。
そこにはもう、魔王のたまごはなかった。
その代わりに――一人の少女がいた。
長い黒髪の、黒い衣をまとった少女。
年齢は俺やマリアと同じくらいに見える。
華奢で儚い印象の少女だった。
「こ、この方が魔王ロッシュローブなのですか?」
「……わからない」
「しばらくようすを見るのじゃ」
黒髪の少女は、ぼんやりとした表情で俺たちを見ている。
しばらくすると口を開き、か細い声で言葉をつむいだ。
「ここはどこ……?」
きょろきょろと周囲を見回している。
「あなたたちは誰……?」
二度目の問いかけ。
俺は問いかけには答えず、こう問い返した。
率直な質問だ。
「お前は……魔王ロッシュローブか……?」
「……へ?」
首をかしげる黒髪の少女。
「なにそれ」
しらばくれているのか、あるいは本当に理解していないのか。
今のところ判別はつかない。
ただ、邪悪な気配のようなものは今のところ感じられない。
「私は誰……?」
「えっ!?」
俺たちはそろって声を上げた。
「おぬし、名を何という」
「名前……わからない……」
困った顔をしている黒髪の少女。
「私が誰なのか、どうしてここにいるのか、わからない」
俺たちも困惑していた。
魔王が生まれるはずだったたまご。
しかし、そこから現れたのは記憶喪失の少女だった。
「失礼します」
「イルルさま、近づいては危ないです!」
プリシラの制止も聞かずイルルが黒髪の少女に近寄る。
そして髪の毛を一本抜いた。
イルルが髪の毛をつまんだまま目を閉じる。
「……」
それから目を開けてこう言った。
「遺伝子情報を照合したところ、彼女は魔王ロッシュローブと同一の遺伝子を持っています」
「なんじゃと!」
「ど、どういう意味ですの?」
「かんたんに言うと、この少女はまぎれもなく魔王ロッシュローブだと判明したのじゃ」
すぐには信じられなかった。
目の前にいる少女は、自分が誰なのかも、どうしてここにいるのかもわからず、心細げにしている。
世界を滅ぼした悪魔には到底見えない。
「科学的に見て、彼女は魔王ロッシュローブと完全に同一です」
イルルがそう言った。
この少女が魔王ロッシュローブ……。
「生まれたばかりで自分が何者か理解していない可能性が高いです」




