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雨が降ってもう三日。
俺たちはもうすっかり海の家をあきらめていた。
俺とプリシラは窓から雨の降る景色をぼーっと眺めている。
「がんばってカレーを煮込んだんですけど……」
「明日には晴れるさ」
なんて無責任にはげます。
「アッシュさまがそうおっしゃるのなら、明日は晴れるんですねっ」
「す、すまない! 晴れるかどうかはわからない!」
「そうですか……」
プリシラはぴんと立てた獣耳をだらんと垂らしてしまった。
いい加減なことは言うもんじゃないな……。
「チェックメイトなのじゃ」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいまし! 一手戻しますわ!」
スセリとマリアはボードゲームに興じている。
じっくり見ているわけじゃないが、たぶん今のところスセリの全勝だ。
マリアは正々堂々と戦う気高さを持っているが、スセリ相手に真っ向勝負は分が悪すぎる。
「あの、アッシュさま」
「ん? どうした、プリシラ」
プリシラが上目づかいで俺を見ている。
欲しいものをねだる子供の目だ。
「も、もしよろしければ、勉強を教えてくれませんか?」
「ああ、よろこんで」
俺がうなずくと、彼女の顔がぱあっと明るくなった。
「教科は?」
「算数ですっ。教科書持ってきますねっ」
ぱたぱたと二階に上がっていく。
そして自室から持ってきたのであろう教科書とノートをテーブルに置いた。
「この教科書、王都の初等学校で配付されているものじゃないか」
「はい。フレデリカさまから譲っていただいたのです」
俺は内心驚いた。
プリシラとフレデリカ、そういう仲になっていたのか、と。
彼女の交友関係が広がりつつあってうれしいかぎりだ。
「ここがわからないので教えていただきたいのです」
「どれどれ」
プリシラが算数の教科書を開いて俺に渡してくる。
そのページを見て再びびっくりした。
そこに載っていた問題は初等学校で教えるには少々難しいものだった。
12歳の子供ならてこずるのも無理はない。
都会の児童はこんな難しい問題を解いてるんだな……。
「この問題と解くには、前提としてこのページの公式を使うんだ」
「ふむふむ」
俺は問題の解き方をプリシラに教えた。
俺でもわかる問題だったからよかったものの、もっと後ろのページの問題だったら教えるどころか解けるかどうかも怪しかった。
プリシラがペンを手に取り、ノートに式を書く。
眉間にしわを寄せながら、ときおり消しゴムで消して書き直しながら。
苦戦の末、不安げにノートを俺に見せてきた。
「これで合ってますでしょうか……?」
「正解だ」
「よかったですーっ」




