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ある日の午後。
王都は今日も人で溢れかえっている。
大通りを歩く人の流れは絶えず、馬車もせわしなく走っている。
そんな人の流れの中で、一人の人物に目がとまった。
ショートカットの小柄な少年。
……いや、少年ではなかった。少女だ。
少女剣士ベオウルフがカフェの前で立ち止まっていた。
背が低く、年齢も幼い彼女だが、王都の剣術大会で優勝するほどの剣の腕前だ。
そんな彼女がガラス越しにカフェの店内をじっと見つめていた。
「あっ。アッシュお兄さん」
こっそり背後から声をかけて驚かせようと思ったが、相手は手練れの剣士。俺の気配などすぐに気づかれてしまった。
「やあ、ベオウルフ」
「こんにちは。今日もいい天気ですね」
「ああ。いい天気だな。……はははっ」
「え? 今のやりとりに笑うところありました?」
「いや、ないな」
「ないのに笑ってるんだ……」
俺がなぜか笑うのでベオウルフは首をかしげていた。
笑う理由はもちろんある。
なんだか外国語の教科書に載っているようなあいさつだったので、おかしくなったのだ。
「ベオウルフ。俺といっしょにお茶でもしないか?」
するとベオウルフは赤面して目をそらす。
「す、すみません。ボク、もの欲しそうな目をしてましたか……?」
「かわいい女の子を誘いたくなっただけさ」
なんて冗談を言ったら、彼女は一転してジト目になった。
「アッシュお兄さん、本当に女の子なら誰彼かまわずそういうこと言うんですね。プリシラの言うとおりです」
プリシラ、俺のいないところでそんなこと言ってたのか……。
「好意があるように見せるだけ見せてポイっと捨てちゃうんですね」
「捨てない! 捨てないから! というか、今のは軽い冗談だって」
「本当ですか……?」
あからさまに俺を疑っていた。
「ボクがうっかりアッシュお兄さんに恋をしたら、責任取ってもらいますからね」
「わ、わかった……」
そういうわけで俺とベオウルフはカフェでお茶をすることにしたのであった。
店員に案内されて席に着き、注文を聞かれる。
俺はコーヒーとショートケーキ。
ベオウルフはココアとイチゴのタルト。
ベオウルフはここに来るといつもイチゴのタルトを頼む。
「ボクとふたりきりでここに来たこと、プリシラには黙ってあげますね」
「別に話してもいいさ。悪事を働いているわけじゃないんだし」
「いいえ。アッシュお兄さんは明確に悪事を働いています」
「えっ!?」
「ボクの親友にやきもちをやかせるなんて悪事です。とても後ろめたいことです」
お菓子と飲み物が運ばれてきた。




