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再び村長は去っていった。
俺は扉越しに見張りに話しかける。
「あの、もしかしてターナに弱みを握られていませんか? 協力しなければ村を滅ぼすとか、子供を人質にしているとか」
すぐに返事がくる。
「いや、ターナさまは俺たちが凍えたり飢えたりしないように力を貸してくださっている。こちらからお礼の品を差し上げることはあるが、脅しや人質など決してない」
「そ、そうですか」
スセリがけらけら笑う。
「困ったのう。『冬の魔女』は善人じゃぞ」
「笑っている場合ではありませんことよ」
ターナが見返りを求めず、純粋な善意で村に尽くしているのならタチが悪い。
村人たちから見れば俺たちのほうがよっぽど悪人だ。
だからといってあきらめるわけにはいかない。
「アッシュよ。困っておるのか?」
「見てわかるだろ」
「ワシの助けが必要か?」
「策があるのか!?」
「あるのじゃ」
「スセリさま、それを早く言ってくださいまし!」
「ワシがすぐさま解決したらアッシュの見せ場がなくなると思っての」
「余計なお世話だ……」
今度はスセリが扉の前に立つ。
「ワシは『希代の魔術師』スセリ。ターナの古い友人なのじゃ」
「信じるものか。ターナさまの敵め」
やはりダメか。
「マーガレット」
スセリが誰かの名前を口にする。
「なに?」
「ターナの本名じゃよ。呪いの魔法にはかける相手の名前がいるから、あやつは信頼している相手にしか本名を明かしておらんのじゃ。村長なら知っておるのではないか?」
「……少し待っていろ」
しばらく待つと、扉が開いた。
解放された俺たちは村長の部屋に案内された。
「ターナさまの本名を知っているのでしたら、あなたがたの言葉にも耳を貸しましょう」
「あー、やれやれじゃわい」
「ですが、ターナさまは村にはなくてはならないお方。どうか寛大なご対応をお願いします」
まいったな。
スセリはターナを本気で殺す気でいる。
そうでなければ渡り合えない相手なのだ。
「ターナは王都で悪事を働いた。その罪から逃れたままの相手からよくしてもらっても、おぬしらは寝覚めが悪かろう」
「そうですが……、しかし」
「わかったわかった。ターナは殺さん。ワシらの要求にさえ応じてくれれば危害は加えん。ナノマシンさえどうにかなればそれでいいからの。これでよいか?」
「感謝いたします」
スセリが首だけを俺たちのほうに向ける。
「そういうわけじゃから、ターナは説得してなんとかする。不本意じゃがな」
「はいっ」
「わたくしやプリシラは最初からそのつもりでしたもの」
俺は内心ほっとした。
ターナを殺したら村の人たちが生きていけなくなる。
最初は命を奪う覚悟だったが、どうやらなんとかなりそうだった。
「それにしても村長、ターナの本名を知っておるとは、信頼されておったのじゃな」
「……マーガレットと私は、若いころは恋仲だったのです」
「……そうか」
「もっとも、マーガレットは心のどこかでは私以外の者を想っていたようですがな」
村長は自嘲した。




