75-2
プリシラが得意げな顔になり、ここぞとばかりに説明をはじめる。
「結婚とは――いっしょに生活をすることです」
「今もしてるだろ」
「それが違うのです。好きな相手といっしょに生活するのが結婚なのです」
「そうか。じゃあ、アッシュ。お前とは結婚しないぞ。アタシ、別にお前のこと好きじゃないから」
直球で言われてしまった。
ベオウルフみたいに気軽に結婚しようと言われるのも戸惑うが、これはこれで少し悲しい。
「ア、アッシュさまっ。このプリシラ、アッシュさまの妻になる準備はできていますので、いつでもかまいませんっ」
プリシラが興奮した面持ちでそう言った。
「ボクもいつでも結婚していいですよ。おいしいケーキ、毎日食べさせてください」
ベオウルフも気軽にそう言ったのだった。
そして今日も一日が終わろうとしていた。
陽はとうに沈み、満月が夜空に飾られている。
窓から見下ろせる住宅街の街並みは月明かりによって青白く染まっていた。
剣術大会でロッシュローブ教団と戦って以降、平和な日々が続いている。
なにげない日常といえる日々を俺たちはこの『シア荘』で送っている。
穏やかな日常を続けていると、こんな日々が永遠に続くような気がしてならない。
それは俺自身の願望でもある。
だが、俺は魔書『オーレオール』を継承し『稀代の魔術師』の後継者に選ばれた。
他愛ない日常はもしかすると許されないのかもしれない。
「あれ? あれは……」
そんなことを考えていたときだった。
窓の外に人を見つけた。
その人物は俺のよく知る少女だった。
外に出て少女を追いかける。
「スセリ」
その少女――スセリに追いついて彼女を呼んだ。
振り返ってスセリは驚いた表情をしていた。
「おぬし、どうしたのじゃこんな夜更けに」
「それはスセリもだろ。どうしたんだ。夜に外に出て」
「なるほど。目ざとくワシを見つけて追ってきたのじゃな」
スセリは指さす。
無数の星がまたたく濃紺の夜空を。
「精霊界とこの世界の境界があいまいになりつつある。だからおぬしやユリエルは鏡を介して二つの世界を行き来できておるのじゃ」
「本来は鏡を使って行き来出来ないのか?」
「『稀代の魔術師』たるワシでもできんはずなのじゃ」
それからスセリはこう言った。
「今こそ精霊界に足踏み入れ、精霊剣承をなすべき時なのじゃ」
「それは、具体的にどうすればいいんだ?」
「精霊界にある精霊剣を抜いて己が物とすればよい」
「そうするとどうなるんだ?」
「精霊界の新たな管理者となる。そして――」
一拍置いてから、こう続けた。
「その対価として望む願いを叶えられるのじゃ」




