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74-5

「そうですね。あなたにも安らぎが必要でしょうからね」


 精霊竜は竜だから表情はわからなかったが、その口調は穏やかだった。

 おそらく、微笑んでいるのだろう。


 俺もほっとしていた。

 この竜が良心と良識を持ち合わせていて安心した。


 ユリエルも未知への好奇心が表情に出ている。

 わくわくしているのがわかる。

 ところが、彼女はすぐにはっとなって顔を上げた。


「し、しかし、精霊竜さま。アタシがいない間、精霊界に現れるブラックマターははどうしましょう」

「え?」


 精霊竜がそう声を出す。

 それからすぐにこう答えた。


「心配する必要はありません。あなたは心置きなく人間界を楽しんでくればよいのです」

「はっ、はい……」

「友達、できるといいですね」

「……はいっ」


 その言葉でユリエルの不安は拭い去られたようだった。

 逆に俺は妙な違和感をおぼえていた。


 ユリエルに問われたとき、どうして精霊竜は「え?」という反応をしたのだろう。

 精霊竜はまだなにか隠しごとをしているのでは……。

 それとも俺の考えすぎか。



 最初に俺が現れた図書館に戻ってくる。

 図書館の広間の奥には全身が映る大きな鏡が置いてあった。


 鏡に映っているのは俺自身――ではなく、俺の部屋の光景。

 鏡で精霊界にやってきたのと同様に、この鏡をくぐって人間界に戻るのだとユリエルは説明した。


 そっと鏡に手を触れる。

 指先が触れると、水面に木の葉が落ちるかのように波紋が広がった。


 目をつむって鏡に飛び込む。

 まぶた越しにも痛いほど光を感じる。

 しかしその強い光は一瞬で、すぐに視界は暗闇に変わった。


 目を開けると、もとの世界――『シア荘』の自室に俺はいた。

 帰ってこれたんだな。

 俺はほっと胸をなでおろした。


 背後が光る。

 振り返ると、そこにはユリエルがいた。

 落ち着きなくきょろきょろと部屋を見ている。


「ここは俺の部屋だ」

「知ってる」


 ……。

 さて、これからどうすればいいのだろう。


 ユリエルをみんなに紹介するにしても、時刻は真夜中。

 明日にするべきか。

 とりあえず、ユリエルにはここで寝てもらって、俺はリビングで――。


 と、考えていたそのとき、いきなり部屋の扉が開いた。


「アッシュ。ワシが特別に添い寝をしてや――」


 扉を開けて入ってきたのはスセリだった。

 スセリは目をぱちぱちさせている。

 彼女にとっては思いもよらぬ光景だったのだろう。俺が知らない女の子といっしょにいたのは。


「だ、誰じゃ? そやつは」


 スセリはユリエルを指さした。



 結局、俺は夜のうちにみんなにユリエルを紹介することになった。

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