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「そうですね。あなたにも安らぎが必要でしょうからね」
精霊竜は竜だから表情はわからなかったが、その口調は穏やかだった。
おそらく、微笑んでいるのだろう。
俺もほっとしていた。
この竜が良心と良識を持ち合わせていて安心した。
ユリエルも未知への好奇心が表情に出ている。
わくわくしているのがわかる。
ところが、彼女はすぐにはっとなって顔を上げた。
「し、しかし、精霊竜さま。アタシがいない間、精霊界に現れるブラックマターははどうしましょう」
「え?」
精霊竜がそう声を出す。
それからすぐにこう答えた。
「心配する必要はありません。あなたは心置きなく人間界を楽しんでくればよいのです」
「はっ、はい……」
「友達、できるといいですね」
「……はいっ」
その言葉でユリエルの不安は拭い去られたようだった。
逆に俺は妙な違和感をおぼえていた。
ユリエルに問われたとき、どうして精霊竜は「え?」という反応をしたのだろう。
精霊竜はまだなにか隠しごとをしているのでは……。
それとも俺の考えすぎか。
最初に俺が現れた図書館に戻ってくる。
図書館の広間の奥には全身が映る大きな鏡が置いてあった。
鏡に映っているのは俺自身――ではなく、俺の部屋の光景。
鏡で精霊界にやってきたのと同様に、この鏡をくぐって人間界に戻るのだとユリエルは説明した。
そっと鏡に手を触れる。
指先が触れると、水面に木の葉が落ちるかのように波紋が広がった。
目をつむって鏡に飛び込む。
まぶた越しにも痛いほど光を感じる。
しかしその強い光は一瞬で、すぐに視界は暗闇に変わった。
目を開けると、もとの世界――『シア荘』の自室に俺はいた。
帰ってこれたんだな。
俺はほっと胸をなでおろした。
背後が光る。
振り返ると、そこにはユリエルがいた。
落ち着きなくきょろきょろと部屋を見ている。
「ここは俺の部屋だ」
「知ってる」
……。
さて、これからどうすればいいのだろう。
ユリエルをみんなに紹介するにしても、時刻は真夜中。
明日にするべきか。
とりあえず、ユリエルにはここで寝てもらって、俺はリビングで――。
と、考えていたそのとき、いきなり部屋の扉が開いた。
「アッシュ。ワシが特別に添い寝をしてや――」
扉を開けて入ってきたのはスセリだった。
スセリは目をぱちぱちさせている。
彼女にとっては思いもよらぬ光景だったのだろう。俺が知らない女の子といっしょにいたのは。
「だ、誰じゃ? そやつは」
スセリはユリエルを指さした。
結局、俺は夜のうちにみんなにユリエルを紹介することになった。




