64-3
ジオファーグの森。
一見したかぎりはどこにでもあるありふれた森だ。
陽光を奪い合うように木々が葉を広げているため薄暗い。
空気もしめっている。
慎重な足取りで奥へと進む。
以前にもそうしたように、分かれ道にさしかかるたび、木の枝に目印になるリボンを結んでいく。
それに加えて最後尾のプリシラが地図を描いてくれている。
「陰気な森なのじゃ」
「気をつけてくださいまし。魔物が出るかもしれませんわ」
周囲に気を配りつつ森を歩いていく。
まだら模様に落ちた木漏れ日。
小鳥たちのさえずり。
コケの生えた石ころ。
「うーむ」
「まあ、スセリさまったら。こんなときにまでゲームですの?」
後ろを向くと、スセリが端末とにらめっこしていた。
「違うのじゃ。この端末には地図を映す機能があるのじゃ。しかも、自分たちが今いる位置もわかるのじゃ」
「すごいな。端末っていうのは」
「端末は科学技術の結晶で、これを中心に古代人の生活はあったのじゃ」
スセリの肩越しに端末を覗き込む。
しかし、端末に地図は映っておらず、古代文字が出ていた。
「なんて書いてあるんだ?」
「『エラー』なのじゃ」
「えらー……?」
「地図を映す機能は使えんらしいのじゃ」
「あら、残念ですわね」
「はううう……。みなさん、わたしが描く地図じゃダメなんですか……?」
プリシラがしょぼんと落ち込んでいた。
落ち込む彼女を慌てて俺とマリアがはげます。
「そ、そんなことないぞ! 几帳面なプリシラの描く地図なら安心だ」
「さっそく地図を見せてくださいまし。今いる位置を確かめますわよ」
プリシラから受け取った地図を広げる。
どうやら地図によると、俺たちは森を円形にぐるっと回っているらしい。
まっすぐ歩いていたつもりが、いつの間にか入口に戻ろうとしていた。
「ワシたちは森の浅い場所をうろついていたようじゃな」
「少し引き返して別の分かれ道を進もう」
「プリシラの描いた地図のおかげで迷いませんわね」
「てへへ……」
力無く垂れていた獣耳がぴんと立った。
――そのとき、草むらががさがさと揺れ、何者かの影が現れた。
「魔物ですわ!」
草むらから飛び出てきたのはクマ型の魔物だった。
成人男性よりふた回りはある、茶色い体毛で覆われた巨体。
クマ型の魔物は後ろ足で立ち、鋭い爪の生えた前足を高く掲げて俺たちを威嚇している。
胸にある輪っかの模様が白く発光していて、そいつが動物ではなく魔物だとわかった。
この特徴的な模様。間違いない――。
「こやつは『ルーンベア』なのじゃ」
「あ、あのルーンベアですか!?」
ルーンベアは熟練の冒険者にのみ討伐が依頼される、極めて凶暴な魔物。通常は出会ったら即座に逃げることが推奨されている。




