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「でしたら、いっぱいお魚を釣って、おこづかいをたっぷりもらいましょうっ。ですよねっ、アッシュさまっ」
プリシラはやる気満々だった。
少額だろうが、対価がもらえると分かった俺もやる気になってきた。
「おこづかいもらったら、帰りにカフェにでも寄るか」
「釣り竿担いでですかー? アッシュさーん」
「い、一度『ブーゲンビリア』に帰ってからだな……」
だが、現実はなかなか厳しかった。
俺たちのやる気にとは裏腹に、いくら待てども釣り竿はぴくりとも動かなかった。
けっこうな時間、俺たちは船の上でじっと魚を待っている。
「はうう……。なかなか釣れませんね」
「魚もバカじゃないからねー」
だいたいいつもこうなるのだろう。フレデリカは釣り竿を小舟のへりに固定した状態で放置し、本を読んでいた。
眠くなってきた俺は、つい大きなあくびをしてしまった。
プリシラだけは真剣な面持ちで釣り竿を握っている。
「プリシラってー」
フレデリカが目を本にやったまま言う。
「アッシュさんのこと好きだったりするー?」
「ふえっ!?」
途端、プリシラの獣耳がぴんと立つ。
顔面が一瞬にして真っ赤になる。
「い、いえっ! そ、それは――」
「好きなんでしょー?」
「はっ、はい……。あっ、でもそれは、ご主人さまとしてで――」
「へえー」
ちらりとプリシラに目をやるフレデリカ。
目をそらしてしまったプリシラ。
フレデリカはにやにやとしている。
「アッシュさんはどうなんですかー? プリシラのこと好きなんですかー?」
と、そのときだった――釣り竿の先がぴくりと動いたのは。
次の瞬間、強い勢いで釣り竿が引っ張られ、俺は前のめりになった。
「アッシュさま!」
小舟から投げ出されそうになったところを、プリシラが腰に抱きついて支えてくれた。
魚が釣り針に食いついた!
しかもこの引っ張る力、相当大きな魚だ。
釣り竿の先は数学の曲線みたいに大きく曲がっている。
「アッシュさん、落ち着いてくださいー。力に逆らうんじゃなくて、力を受け流すんですー」
フレデリカが真面目な口調でそう言う。
彼女の助言に従い、釣り竿を左右に動かしつつ、少しずつ魚を引き寄せていく。
小舟が激しく揺れ、水面に何重もの波紋が広がる。
「今です、アッシュさん!」
渾身の力を振り絞り、釣り竿を引っ張り上げた。
しぶきを上げながら水面から飛び出てくる巨大な魚。
魚は釣り糸に引っ張られ、小舟の中に落っこちてきた。
「お、おっきいです……」
小舟の上で激しくのたうつ、巨大な魚。
俺たち三人は目をまんまるにしていた。
「こんな大きな魚、私初めて見ましたよー……」
「さすがアッシュさまですっ」
俺たちはさっそくこの魚を猟師に売るため、陸に向けて小舟を動かした。
暴れていた魚は、今はおとなしく横になっている。
恨めしげな目で俺を見ている……ような気がする。




