50-2
いったん首を海の中に引っ込めてから、勢いよく飛び上がる海竜。
ヘビのような長い胴体が海面から姿を現す。
短い滞空の後、海に落ちる。
高い水しぶきが立って、雨のように船に降り注いだ。
もしかしてこの海竜、船といっしょに泳ぐのを楽しんでいる……?
船と並んで泳ぐ海竜から、むじゃきさを感じ取れた。
しばらくすると、海竜は船から離れて海の向こうへ行ってしまった。
俺たちを含む乗客や水夫たちは、水しぶきを浴びてびょぬれのまま、しばし呆けていた。
スセリだけが海竜の小さくなっていく頭に手を振っていた。
「海竜の生活圏は海で、人間と住む場所を奪い合うことがなかったからの。翼を持ち、陸に住む竜とは違い、人間に敵意は持っておらんのじゃ。むしろ友好的なのじゃ」
「ス、スセリさまは物知りですね……」
「ワシは『稀代の魔術師』じゃぞ。のーじゃじゃじゃじゃっ」
港に着いたのは昼だった。
大きな港には大小さまざまな船が停泊していて、俺たちの乗ってきた船も港に横付けになって停まった。
体格の良い水夫たちが積み荷を降ろしだす。
ぞろぞろと船から降りてく乗客たち。
その中に俺たちも混ざっていた。
「着きましたーっ」
船から降ると、プリシラが開放感たっぷりにそう言った。
俺もなんとか無事に船旅を終えられてほっとしていた。マリアも安堵の笑みを浮かべていて、スセリは「はーっ。やっと着いたのじゃ」と、もう船旅はゴメンだと言いたげな口調だった。
王都グレイス。
その港。
目が回りそうなほどの、大勢の人々。
隙間が見えないくらいの露店が無数にある。
港を後にし、繁華街へ。
そのようすを一言で表すと――黄金の都。
足元には立派な石畳。
立ち並ぶ建物はいずれも薄い黄土色をしていて、まるで黄金でできているかのようだった。
大通りは絶えず人が行き交っていて、馬車も走っている。
世界中の人間をこの都にかき集めたのかと疑ってしまいそうなくらいだ。
喧騒に呑まれそう。
プリシラもマリアも、そして俺も、その規模に圧倒されていた。
ケルタスも大きかったが、この黄金の都はそれ以上だ。
さすがは王都。
あんぐりと口を開けている俺たちを見て呆れるスセリ。
「田舎からのおのぼりさん丸出しなのじゃ」
「だって、ここまで大きいとは思いませんでしたもの。ですわよね? アッシュ、プリシラ」
「は、はい……。とってもとってもおっきいです……」
「目が回りそうだ」
地図を頼りに、予約していた宿屋へと向かう。
宿は冒険者ギルドが俺たちのために手配してくれたもので、長期間の宿泊向けの宿屋だった。
大通りから外れた場所にその宿屋はあった。
見上げれば首が疲れそうになるほどの大きな宿で、窓の数を数えたところ、五階建てのようだった。
宿の名前は『ブーゲンビリア』。
宿の扉を開けて中に入る。
ロビーを歩き、受付の前に立つ。
「いらっしゃいませー」
受付を担当していたのは、俺やマリアと同い年くらいと思われる少女だった。




