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「クラリッサもプリシラもなさけないのう。これっきりの別れではないのじゃぞ」
「ですけどー」
「しばしの別れなのじゃ。涙はいらん」
「そうね。笑顔でお別れしましょう!」
涙をぬぐったクラリッサさんはいつもの快活な笑顔を取り戻した。
「そろそろ船に乗らなくてはいけませんわ」
懐中時計を手にしたマリアが言う。
とうとうケルタスを発つときがきた。
スセリの言うとおり、これっきりの別れではない。
しかし、長い別れにはなるだろう。
決して短くない日々を過ごしたことで、ケルタスとその人々に自然と愛着がわいていた。
名残惜しい。
土壇場になって、どうしようもなく別れがたい気持ちになった。
周囲の人々が次々と船に乗り込んでいく。
俺たちも船に乗らないと。
「いってらっしゃいなっ」
クラリッサさんに両肩をつかまれ、身体をくるりと反転させられる。
そして力強く背中を押された。
俺は一歩、前に進む。
「いってきます」
振り返り、そうあいさつする。
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
「いってこい」
「いってらっしゃーい」
皆に見送られ、俺たちは船に乗り込んだのだった。
甲板から港を見下ろして手を振る。
港にいるディア、クラリッサさん、ヴィットリオさん、ミューも手を振っている。
「いってまいりまーすっ」
プリシラが手を振りながら声を張り上げる。
港の皆もなにか言っているが、声はここまで届いていない。
もう、俺たちの言葉は届くことはない。
それでも俺たちはせいいっぱい手を振りつづけていた。
重い汽笛が鳴り響く。
イカリの上がった船はゆっくりと船首を海原へと向け、進みだした。
「……見えなくなりましたわね」
「なのじゃ」
「急にさみしくなりました……」
俺たちはしんみりとした気持ちになっていた。
俺とプリシラとマリア、スセリの四人は甲板の手すりの前に立ち、果てしなく広がる海を眺めていた。
海はただひたすら青い。
「わたくし、実は船に乗るの初めてですの」
マリアが少し興奮した口調でそう言った。
「こんな大きな船が海の上に浮いているだなんて、どういう仕組みなのかしら。ねえ、プリシラ」
「……えっ? あ、はい……」
作り笑いをするプリシラ。
その苦しさを押し隠した笑みを見て、俺は気づいた。
彼女は昔、奴隷だった。
奴隷は他の大陸から船で『荷物』として運ばれ、港で売られる。
彼女にとって船は、昔のつらい記憶を呼び覚ますものなのだ。
「プリシラ」
「ひゃっ」
彼女のつらい気持ちを消そうと、手を握った。
驚くプリシラ。
目をしばたたかせる彼女に笑いかける。
「俺たちの船旅、いっぱい楽しもうな」
「……はいっ」
彼女が手を握り返してくれた。




