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「そうだ。ネネに一つ、頼みがあるんだ」
「アタシに? いいぞ」
ノノさんに聞かれないよう、ネネに耳打ちする。
「ノノさんの家、すさまじく散らかってるから、家に着いたらまず真っ先に掃除をしてくれ」
「そんなに散らかってるのか」
「それはもう、爆発が起きたみたいにめちゃくちゃだ」
ネネはごくりとつばをのんだ。
「まあ、いいや。アタシ、掃除は嫌いじゃないからな」
その言葉が真実なのはネネの家が証明していた。
彼女の住んでいた家は貧相であっても、汚くはなかった。日々、掃除を欠かしていないのだろう。妹二人が着ている服も、つぎはぎだらけだったがしっかり洗濯されていてきれいだった。
「じゃあねー、アッシュくーん」
ノノさんが手を振りながら馬車に乗る。
それに続いてネネの妹たちも乗る。
最後に残ったのはネネ。
「じゃあ、またな。アッシュ」
「ああ。またな」
俺たちはあえて「また」を強調してあいさつを交わした。
「オーギュストさんも、いろいろと世話を焼いてくれて感謝してる」
「新しい暮らしがキミにとって幸福であるのを祈っているよ」
冒険者ギルドの職員のオーギュストさんは、そうやさしく言った。
そしてネネも馬車に乗る。
御者が手綱をとって馬を走らせる。
馬車はケルタスの門をくぐり、乾いた大地へと去っていった。
「ありがとう、アッシュくん」
オーギュストさんがなぜか俺にお礼を述べた。
「ネネくんのことはずっと気にかけていたんだ。冒険者になった子供がしあわせな暮らしを送れているのを、僕はあまり見ていないから」
やはり、孤児が冒険者をするのは危険が伴うのだ。
「事情はどうあれ、僕たちギルドはああいう子供たちを使っている立場だ」
だから、罪悪感があったのだ。
「ネネくん、幸せになれるといいね」
「そうですね」
「アッシュくん。キミだってそうだよ」
「えっ? 俺ですか?」
俺は自分を指さす。
「キミは冒険者として一生暮らしていくつもりなのかい?」
その問いは反語だった。
「キミはまだ、辿り着くべき場所に辿り着いていない」
俺はこれからどこへゆくのだろう。
旅路の終着点は……。
――アッシュさまっ。
プリシラの笑顔が頭によぎる。
――アッシュよ。我が野望を共に果たそうぞ。
なにかを企むスセリの顔も。
――アッシュはわたくしと結婚する運命ですのよ。
そしてマリア。
「キミに必要なものが王都で手に入るといいね」
「戦いは避けられないかもしれません」
「……そうかい」
オーギュストさんは残念そうな顔をしていた。
意識していなかったが、オーギュストさんにとっては俺も『子供』で、幸せになるべき者のうちの一人だと気づいた。




