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「助かったわー」
底なし沼から引き上げたノノさんは、下半身が無残な泥まみれになっていた。
「ありがとう、アッシュくん」
抱きついてこようとするノノさんを寸前で押しとどめる。
この惨状で抱きつかれたら俺まで泥まみれだ。
「ノノさん、ここは危険な場所なんですから勝手にどこかに行かないでください……」
「勝手にどこかに行っちゃったのはジャイアントラビットのほうよ」
やはり本人は塵一つ分も悪気を感じてはいなかった。
これにはマリアも呆れ果てていた。
「ノノさんは自由な方ですのね」
「ふふっ。よく言われるわ」
どうやら本人には誉め言葉に聞こえるらしい。
「さあ、気を取り直してジャイアントラビットを――」
「追いかけるんですか!?」
「――追いかけるのはあきらめるわ」
俺とマリアはほっとした。
「今はとにかく、街に帰ってお風呂に入って着替えたいわ」
「どろんこですものね」
そういうわけで、無事にノノさんと合流できた俺たちは、木の枝に結んだ目印のリボンをたどって森を引き返していった。
「アッシュくんとマリアちゃんは、どんな関係なのかしら?」
ノノさんがそんな質問をしてくる。
マリアの答えは決まっているので、俺が先制してこう言った。
「ただの幼馴染です」
「アッシュ!」
マリアがほっぺたをふくらませる。
「そうなのねー。幼馴染っていうことはつまりー、マリアちゃんはアッシュくんの小さいころを知っているのね」
「ええ。アッシュのことならなんでも知っていますわ」
『なんでも』とはまた大きく出たな……。
マリアは自信満々に胸を張っている。
「なら質問するわね、マリアちゃん。アッシュくんの子供のころってどんな感じだったの?」
「そうですわね……」
しばし沈黙してから、マリアはこう答えた。
「今よりも物静かな感じでしたわね」
「物静か?」
「あえて言うと、ですわ。本を読んだり一人で遊んだりするのが好きでしたわよね」
「それは――」
それは俺が召喚術を使いこなせなくて家族から『出来損ない』扱いされていたからだ。
両親は親として最低限の関りしか持とうとしなかったし、兄たちは俺をロコツに見下していた。だから俺は自然と一人でいることが多かったのだ。
マリアがそれをわかっているのかどうかは知らない。
「物静かな小さいアッシュくん。かわいいかもっ」
「かわいげはありませんでしたわよ」
まあ、大人に好かれるような性格ではなかったな。
「あっ、今のアッシュくんもかわいいわよー」
「そうですかしら。今もかわいげはありませんわよ。わたくしを婚約者とかたくなに認めませんし」
「悪かったな。かわいげのない幼馴染で」
「ほら。そういう物言いですわよ」




