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「ミュー、おうちから出てくねー」
「いえ、その必要はありません」
なぜだ……?
ミューは最後の試練を放棄したというのに。
エル・エルリオーネは俺とミューに柔和な笑みを見せている。
「ミュー。あなたは自分の意思を立派に示しました。その意思こそ、エルリオーネ家を継ぐのに必要なものだったのです」
「いしー? ミュー、おもしろいかたちの石ころ持ってるよー」
「あなたは克己の試練の最後を乗り越えたのです」
「よくわかんないけど、やったー」
ミューが両手を挙げて喜びを示した。
「アッシュー。ミュー、試練を乗り越えたんだってー」
「そうらしいな」
最後の試練は、答えの内容より、その示しかたが大事だったらしい。
仮にミューがプリシラの幻影を短剣で貫いていたとしても、その覚悟を評価したのだろう。どうするべきか悩んだとしても、その葛藤をほめたに違いない。
よく考えれば、これは10歳の子供に対する試練だもんな。
「アッシュー。ほめてほめてー」
ミューにねだられる。
俺は彼女の頭をやさしくなでる。
彼女はくすぐったそうに目を細めていた。
そんな俺たちをエルは微笑をたたえて見つめていた。
部屋に機械が動く重い音が響いてくる。
エルの背後に昇降機が降りてきた。
「帰り道を用意しました。これに乗って外へ出るのです」
「ありがとー。ばいばーい」
手を振りながらエルから離れたミューが昇降機に乗る。
続けて俺も昇降機に乗る。
「さらばです」
昇降機が再び動き出す。
天井が開き、昇降機が上昇していった。
俺たちを見上げるエルの姿も、やがて見えなくなった。
「ミュー。ありがとう」
「どうしてアッシュがお礼を言うのー?」
「最後の試練で、プリシラを選んでくれたからさ」
「だってプリシラは、ミューのいちばん――」
ミューの言葉が途中で途切れる。
「プリシラはいちばん大事な人だけど、アッシュもいちばん大事な人ー」
「そうか。なんか照れるな」
「だから結婚しよーねー」
「そ、それはまた別の話だ……」
昇降機が止まった。
昇降機から出た俺とミューは通路を歩き、そして扉の前に辿り着いた。
その機械の扉には赤いマスが一つだけ灯っている。
ミューが赤いマスに触れると色が青になり、扉が左右に割れてゆっくりと開きだした。
広がっていく隙間から光が差し込んでくる。
扉の向こうに誰かが立っている。
「ミュー!」
扉が開くと、そこは外だった。
そして扉の前でギザ卿とプリシラが待っていた。
ギザ卿がミューを抱きしめる。
「えらいぞミュー! 試練を乗り越えたんだね!」
「アッシュのおかげー」
「アッシュさま。従者のお勤め、まこと感謝いたしますぞ」
それからプリシラが俺のもとに駆け寄ってくる。
「お怪我はありませんか? アッシュさま」
「俺もミューも無事だ」
「よかったです」




