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エルリオーネ家には長年、克己の儀式の従者を担ってきた老騎士がいたのだという。
ところが3年前、高齢ということもあり、その老騎士はエルリオーネ家から去ってしまったのだった。
ギザ卿は、せめてミューの従者をしてほしいと頼んだのだが、彼は腰を痛めてしまい剣を握れなくなり、その申し出を断ったのだった。
「その従者の役目を俺に?」
「アッシュさまは腕の立つ冒険者だとギルドから聞いています。それに『稀代の魔術師』の後継者だとも。どうかミューの従者となり、克己の試練を成し遂げる手伝いをしてください」
ミューに目をやる。
彼女はこくりこくりと首を上下させて、イスに座ったまま寝ている。
細い腕と足。小さな身体。
こんな幼い少女が危険な遺跡に入らなくてはならないだなんて。
俺がミューを守れるなら力になってあげたい。俺にはその力がある。
そんな思いがわいてくる。
「私も無償で頼もうとは思っていません。――おい、あれを持ってこい」
「かしこまりました」
ギザ卿に命じられた執事が食堂を出る。
それからしばらくして、執事は一冊の分厚い書物を持って戻ってきた。
古びた本だ。
金色の縁取りがされた装丁から、価値のある書物だとわかる。
「これは『ゴスペル』と呼ばれる、エルリオーネ家に伝わる魔書でございます。ミューの儀式が成し遂げられたあかつきには『ゴスペル』をアッシュさまに差し上げましょう」
ギザ卿から『ゴスペル』を受け取って中身を読んでみる。
厚い表紙を開いてページをめくっていく。
……。
……残念だが、魔法に関して全く学の無い俺にはその価値は見極められなかった。
スセリの『オーレオール』がすらすらと読めるのは、俺が後継者だからなのだろう。
とはいえ、答えはもう決まっている。
「アッシュさま。ミューさまを」
プリシラが心配そうに見つめてくる。
俺は彼女に応えるよう「ああ」とうなずく。
「わかりました。この件、お引き受けいたします」
「おおっ! ありがとうございます!」
「ふえ……?」
ギザ卿が大声を上げたせいでミューが目を覚ましてしまった。
「ミュー。アッシュさまが儀式の従者になってくれたよ」
「ふえー」
ミューは眠たげな目をこすりながら俺を見つめてくる。
そしてにこっと笑った。
「ありがとー」
ぴょんとイスを飛び降りて、俺のそばまでとてとてと駆け寄ってくる。
そして俺の腕をぎゅっとつかんだ。
「いっしょにがんばろーねー」
俺は自然と笑みをこぼしていた。
愛おしい。
彼女を一言で現すなら、その言葉が似合っていた。
辺境の屋敷で静かに暮らす、ちっちゃなお姫さま。
その騎士に俺は選ばれた。
ならば騎士としての使命をまっとうしよう。




