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39-5

 しょぼんとするプリシラ。


「はうう……。やはりアッシュさまはマリアさまと結婚されるのですね……」

「それはマリアの一方的な勘違いというか、思い込みというか……」

「いえ、アッシュさまとマリアさまはお似合いだとわたしは思います……」


 俺とマリアがお似合い……。

 お互い貴族同士だから、という意味だろうか。

 性格が合っているとは到底思いえないしな。


「なあに、これからが巻き返しのときなのじゃ」


 スセリが現れてプリシラを励ました。

 そしてプリシラにごにょごにょと耳打ちする。

 するとプリシラは意気を取り戻し、ぐっと両手に力を込めてこう宣言した。


「アッシュさまの妻にふさわしくなれるよう、今夜はがんばりますっ」


 耳打ちした意味はあまりなかったようだ。



 そしていよいよ、俺とプリシラは二人で東の台地へと赴いた。

 自然豊かな台地はケルタスを離れるごとになりをひそめていき、地図に示されていた場所に近づきつつつある今、周囲は灰色の地面がむき出しの大地が広がるばかりだった。


 ケルタスが奇跡的に自然に恵まれているだけで、パスティアのように針葉樹林が生い茂る場所もかろうじてあるものの、アークトゥルスの大半がこのような荒地なのだという。


「誰もいませんね」


 東の台地がある方角は古代人の小規模な遺跡が点在するだけで、人間の居住地は無い。陽が沈む時刻というのもあり、ここに来るまで人とすれ違うことは一度としてなかった。


 東の台地へと到着した。

 緩やかな坂を上り、台地の上へと至る。


「プリシラ、疲れてないか」

「へっちゃらです」


 さすが身体能力に優れた半獣。ちっとも疲れた様子はなかった。

 逆に俺は、坂を上って少し息切れしていた。

 服の内側が汗ばんでいる。


「あ、あの、やっぱりわたし、疲れちゃいました。てへへ」


 しまった。プリシラに見抜かれた。

 余計な気遣いをかけてしまった。


 俺とプリシラは地面に座り、少し早い夕食をとることにした。

 台地の上から荒野を見下ろしながら、サンドイッチをほおばる。

 プリシラが作ったサンドイッチはとてもおいしかった。

 瑞々しいレタスにトマト。外側がカリカリのハム。マスタードも程よくきいている。


「さすが、ヴィットリオさんが認めるだけはあるな」

「ま、まだまだ修行中です……」


 プリシラはぽっと頬を赤らめていた。


「これだけはわたし、マリアさまに自信をもって勝てると思っています」


 それから彼女は編みカゴからサンドイッチを取り、俺の口に近づけた。


「アッシュさま。『あーん』してください」

「えっ!?」


 いきなりのことで俺は目をしばたたかせた。

 なるほど。これがさっきのスセリの入れ知恵だな。

 プリシラも顔を真っ赤にしており、視線をそらしている。


「『あーん』です……」

「わ、わかった」


 俺は言われるまま『あーん』と口を開け、サンドイッチにかぶりついた。

 な、なんだかむずかゆい……。

 プリシラも俺に背を向けて恥じらっている。


 お互い気まずくなっている。

 スセリめ、余計なことを……。 


「そ、それにしても、赤き月の花はどのあたりに咲くのでしょうねっ」


 沈黙を紛らわせようとプリシラがそう言った。


 台地に登ってはみたが、周囲はむき出しの地面が広がるばかり。

 花どころか、雑草の一本すら生えていない。

 砂埃をはらんだ乾いた風が吹く。


「アッシュさま!」


 突如、プリシラがぴんと耳を立てて立ち上がった。

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