39-4
「アッシュを独り占めしてデートとは、おぬしもやるのじゃ」
「てへへ……」
続けてスセリはジト目で俺を見てくる。
「アッシュよ。またプリシラを悲しませてはいかんぞ」
「わかってるさ」
「怪しいのじゃ」
まったく信用されていない……。
まあ、ついさっき、あんな出来事があったから仕方ないが。
それから俺たちは『夏のクジラ亭』へと帰ってきた。
宿に帰るや否や、プリシラは食堂へと向かっていった。
赤き月の花を見にいくときのお弁当をつくるのだという。
それほど俺とのデートを楽しみにしているんだな。
厨房を遠くから見ていると、あくせくと料理の準備をしているプリシラの姿が見えた。
そこにヴィットリオさんが現れる。
短い会話をした後、彼はプリシラの頭にぽんと手を置いた。
今回の依頼の成功を褒めたのだろう。
よかったな、プリシラ。
それにしても、赤き月の花か。
本当に咲くといいな。
「わたくし、油断していましたわ」
マリアが不敵な笑みを浮かべながら言う。
「プリシラに出し抜かれてしまうだなんて」
そう言いながらもマリアは余裕の表情をしていた。
「でも、アッシュと結ばれるのはこのわたくしと決まっていますのよ」
マリアが俺に一歩、近づいて密着してくる。
そして左手を見せてくる。
その手の薬指には指輪がはまっている。
「わたくし、ずっと待ってましたの。アッシュからもらったこの指輪が指にはまるようになるのを」
子供の頃、俺は召喚術で指輪を召喚し、マリアにあげた。
しかし、召喚されたその指輪は大人用の大きさで、まだ幼かった彼女の指にぴったりとははまらなかったのだった。
「この指輪がはまるようになった。それはつまり、アッシュと結婚できるのを意味していますのよ」
「そ、それは違う気がするぞ……」
「合ってますの」
マリアがつま先立ちになり、少しすぼめたくちびるを俺の顔に近づけてくる。
俺はとっさに彼女の肩をつかみ、キスしてくるのを阻止した。
「あら、スセリさまはよくて、わたくしはダメですの?」
「ダメだ」
「あらあら」
いたずらっぽく笑うマリア。
「でもアッシュ。わたくしとあなたはいずれ口づけをする運命ですのよ。ほっぺたではなく、くちびるどうしで」
彼女はくちびるにそっと指を添えた。
それからしばらくして、プリシラのお弁当ができあがった。
「いつでも出発できますっ」
プリシラはお弁当の入った編みカゴを持っている。
「いってらっしゃい、プリシラ」
「あ、マリアさま……」
気まずそうな顔をするプリシラ。
「昨日も言いましたけれど、そんな顔をしなくてもいいのですわよ。これはプリシラが勝ち取ったデートですもの」
「はっ、はい……」
「存分にデートを楽しんでらっしゃい――『わたくしの』アッシュと」
「!?」
マリアは優雅な足取りで俺たちの前から去っていった。
――去り際の一撃をプリシラにくらわせて。




