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4-5

 その夜、アリオトの街の宿で俺たちは一泊した。

 俺は眠る前にバルコニーで夜空を眺めていた。


 マリアのことを考えていた。

 マリアは有力貴族の令嬢だ。身分は申し分ない。

 しかも、思わず息をのむほどの美貌。


 そんな女性に言い寄られて困る男がいるだろうか。

 なのに俺は、彼女を異性として見ることがどうしてもできなかった。


 なら俺は、どんな女性が好きなんだ?

 頭の中に理想の女性を思い描く。

 相手を立ててくれる控えめな性格で、料理が得意で、一途で、獣耳で……って、え? 獣耳?


「アッシュさまっ」

「うわっ!?」


 急に声をかけられて、俺は反射的に飛び退いてしまった。


「はわわわっ。いきなり声をかけて申し訳ありませんっ」


 プリシラだった。

 不意打ちをくらったせいなのか、あるいは別の原因なのか、俺は胸が高鳴っていた。


「なんだか眠れなかったのでバルコニーに来たら、アッシュさまがいらっしゃったので」

「なら、二人で月を眺めるか」

「いいのですか!?」

「いいに決まってるだろ」


 俺は少し横にどいて「ほら」と彼女のために場所を空ける。

 プリシラはおずおずと俺の隣に並ぶ。

 バルコニーの手すりに手をついて夜空を見上げた。


 二人で満天の星を眺める。

 宝石をちりばめたような美しい光景だ。


「き、きれいな星ですね」

「プリシラもきれいだぞ」

「ふえっ!?」


 勢いよく振り返って俺を凝視するプリシラ。


「女性にはそう言え、って昔、マリアに言われたんだ」


 驚くプリシラに俺はそう冗談めかした。


「そ、そうですよね。びっくりしました……」


 なぜか緊張しているプリシラ。

 彼女は再び夜空を見上げつつ、ときおり俺の顔もうかがってくる。


「どうかしたのか? 俺のことをちらちら見て」

「い、いえっ!」

「言いたいことがあるなら言ってくれ。俺たちは共に冒険者になった仲間なんだから、遠慮はいらないぞ」

「そ、それでは……」


 プリシラは数秒の沈黙ののち、俺にこう言った。


「わ、わたしにも指輪を召喚してくださいっ」


 勇気を振り絞ったかのように、プリシラは目をつぶってそう言い放った。

 あ然とする俺。

 目を開けたプリシラはそんな俺を見てはっとなる。


「や、やっぱり今のはナシで!」

「ま、待てプリシラ! 指輪なら召喚してやるから」


 それでもプリシラは首が遠心力で飛んでいきそうな勢いで首をぶんぶん横に振っていた。


「わ、わたしったらアッシュさまにとんでもないワガママを……。はわわわ……」

「指輪くらいいいさ。といっても、俺の召喚する指輪だから価値なんてないけどな」

「とっても価値がありますっ。というか、それじゃないとダメなんですっ」

「そ、そうなのか……?」

「はい……」


 上目遣いのプリシラ。

 自分の鼓動を確かめるように小さな胸に手を重ねている。


「わたしも欲しいのです……。アッシュさまの指輪が」

「わかったよ」


 俺は一歩下がり、両手を頭上に掲げる。

 そして目を閉じて精神を研ぎ澄ます。

 頭の中で思い描く――銀の指輪を。


「来たれ!」


 目を見開く。

 刹那、俺の目の前に魔法円が浮かび上がり、そこから小さな指輪が出現した。


 重力の影響を受けて落ちる前に指輪を取る。

 そしてそれをプリシラに手渡した。


「これでいいか?」

「ふわぁ……」


 プリシラが涙ぐむ。


「プ、プリシラ! どうして泣いてるんだ!?」

「……はっ」


 心配する俺に気付いたプリシラは服の袖で涙をぬぐった。


「プリシラが欲しかったのはこれじゃなかったのか?」

「い、いえ、これです! これが欲しくてわたし、うれしくてつい涙が出ちゃって……」


 頬を赤く染めた彼女は指輪をぎゅっと握って、うっとり目を細めた。


「これでマリアさまに追いつけました」


 さっそくプリシラはその指輪を指にはめたのであった。

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