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ヴィットリオさんはこれっぽっちも興味を示してくれない。
「でもでもヴィットリオさま。ここで貴族の方たちに名前を知ってもらえたら、今後いっぱい料理の仕事をお願いされるかもしれませんよ」
「俺はこの宿で料理を作っているだけでじゅうぶんだ」
ヴィットリオさんはそういう人だった。
誰かに認められたいとか、褒められたいとか、そういう欲は一切無く、ただひたすら自己研さんに没頭している。まさしく古い気質の職人だった。
「わたくしはヴィットリオさまのおいしい料理をもっと多くの人に味わっていただきたいですわ。わたくしたちだけがヴィトリオさまの料理を食べているだなんて、もったいないですわよ」
「俺は、お前たちに――」
なにかを言いかけたところでヴィットリオさんは口をつぐんだ。
「ヴィットリオよ。おぬし、もしや怖いのではないか?」
「なに?」
スセリの言葉に彼は反応した。
「他人に自分の料理を批判されるのを恐れているのじゃろう。だから一人でこの宿にこもって、素人を相手に料理を作っている。ここで料理を作っている限り『おいしい』と皆に褒められるからのう」
「俺は恐れてなどいない」
「ならば、自分の実力を確かめてみたらどうじゃ」
「……」
ヴィットリオさんのかたくなな気持ちがついに揺れ動いた。
目を閉じて考え込んでいる。
俺たちは彼が言葉を発するのを待っていた。
「いいだろう」
やがてヴィットリオさんはそう答えた。
「ただし、行くのは俺じゃない」
ヴィットリオさんがプリシラを指さす。
「獣耳の娘。お前が行け」
「えええっ!?」
思いもよらぬ言葉にプリシラがすっとんきょうな声を上げた。
「ど、どういうことですの? ヴィットリオさま」
「なぜプリシラを指名したのじゃ」
「俺は自分の料理をこいつに教えてきた。今のこいつなら他人に出しても恥ずかしくない料理を作れる。それは俺が保証しよう」
確かにプリシラはヴィットリオさんに料理を教わっていたが……。
「獣耳の娘。俺の代理としてお前が行くんだ」
もう一度ヴィットリオさんはそう言った。
「お前はアッシュの妻にふさわしくなるために料理の腕を上げてきたのだろう?」
「わーっ! それは言わない約束だったじゃないですかーっ!」
プリシラは顔を真っ赤にして、わーわー大声を出した。
い、今のは聞かなかったことにしよう……。
「俺からの最後の試験だ。獣耳の娘。他人に自分の料理を振舞って、実力を示せ」
思いもよらない展開になった。
プリシラが俺を見つめている。
だから俺は彼女の背中を押すためにこう言った。
「プリシラ。頼めるか?」
「……はい。わかりました」




