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35-4

 俺たちは海を眺めたり、露店を見て回ったりと道草を食いながら『夏のクジラ亭』に帰ってきた。

 ロビーに入ると、俺たちを見つけたクラリッサさんが小走りに駆け寄ってきた。


「アッシュくんたち! 待ってたのよ」

「待ってた?」


 俺たちはそろって首をかしげる。


「依頼よ。依頼。あなたたちに依頼したい仕事ができたの」


 クラリッサさんが俺たちに依頼とは珍しい。

 以前は雨漏りの修理だったが、今度はなにを依頼されるのだろう。


「実はね、明日急に大勢の冒険者がウチに宿泊することになったのよ」

「大勢ですか」

「5人くらいですの?」

「それがね――10人よ」


 10人!

 それはまた大所帯だ。

 表通りの宿屋ならそれだけの人数が宿泊に訪れても対応できるだろうが、路地裏にあるこの小さな店では働き手がクラリッサさんとヴィットリオさんしかいない。前日に突然予約をされても受け入れるのは難しいだろう。


「つまり、部屋を用意するのを手伝えばいいんですね」

「そういうこと」


 俺たちが帰ってきたのに気付いたのか、ヴィットリオさんがやってくる。


「獣耳の小娘。貴族のお嬢さん。お前たちには料理の仕込みを手伝ってもらう」

「おまかせくださいっ」

「まかせてくださいまし」


 と、そこで俺たちは気付いた。

 明日は護衛の依頼をこなさなくてはいけない。

 クラリッサさんたちを手伝いたいのはやまやまだが、ギルドの依頼を先に受けてしまっている。ギルドのほうを断るにしても、前日に突然依頼を断ったら依頼主に迷惑がかかるし、冒険者ギルドの信用にも傷をつけてしまう。


 俺は明日、やらねばならない依頼があるのをクラリッサさんとヴィットリオさんに伝えた。

 クラリッサさんは残念そうに「それならしかたないわね」と苦笑いした。


「明日は私とヴィットリオでなんとかするわ」

「いえ、明日はわたしがお手伝いしますっ」


 プリシラがそう言った。


「明日の依頼はかんたんな護衛の仕事ですので、わたしがいなくてもだいじょうぶだと思います。どうでしょう、アッシュさま」


 そうだな……。

 確かに、全員そろってやるほど困難な依頼ではない。


「よし。プリシラはクラリッサさんたちを手伝ってくれ」

「おまかせくださいっ」

「いいの? アッシュくん」

「はい。明日の依頼は大したことのないものなので」

「なら、お言葉に甘えちゃおうかしら」


 それからクラリッサさんはいきなりスセリを抱きしめた。


「のじゃっ!?」

「ついでにスセリちゃんも借りていいかしら?」

「構いません。いいよな? スセリ」

「この『稀代の魔術師』をこき使わせるとはの」

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