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そして夜になった。
俺とプリシラは『夏のクジラ亭』を抜け出して、冒険者ギルドの屋上にいた。
マリアには内緒で。
プリシラに「アッシュさまと二人きりがいいです」とお願いされたからだ。
スセリはフーガさんの手伝いがあるらしく、彼と共にどこかへ行ってしまった。
「楽しみですね、アッシュさま」
わくわくしているプリシラ。
フーガさんによると、今夜、空を見上げると面白いものが見られるという。
魔杖ガーデットに蓄積された魔力を解放するとのこと。
大規模な魔法を空に放つのを見られるのかもしれない。
屋上には俺とプリシラの他にも結構な数の冒険者たちがいて、テーブルに着いて酒を飲んだり食事をとったりしていて、夜だというのに賑わっていた。
冒険者ギルドは、夜は屋上で酒場を経営しているのである。
職員のオーギュストさんいわく、結構な収入源になっているらしい。特に夏の時期は、依頼の斡旋料による収入に匹敵する日もあるのだとか。
俺たちも軽食を買って二人で食べていた。
夜空には数え切れないほどの星がまたたいている。
そして屋上から見下ろすケルタスの街も、街灯の灯りや建物の窓からこぼれる光で、まるで地上の星のように美しく光っていた。
「あのとき、アッシュさまと共に旅立つことを決意してよかったです」
あのとき、とは、父上にランフォード家追放を言い渡されたときだろう。
「やっぱり迷ったのか?」
「いえ、迷いはしませんでした。わたしはアッシュさまのためにランフォード家で働いていたのですから」
あのときから今まで、プリシラは俺のそばにずっといてくれている。
「けど、プリシラ。ケルタスでの生活で自分のやりたいことを見つけたら、遠慮なくそれをしていいからな。俺にも、冒険者であることにも、こだわる必要はないんだから」
「やはりお優しい方ですね。アッシュさまは」
ですが、とプリシラは続ける。
「わたしにとって、アッシュさまがすべてなのはこれからも変わりません。未来永劫、おそばにいます」
「プリシラ……」
「わたしはとっくに見つけているんです。自分のやるべきことを。自分の居場所を」
手を後ろに回し、笑みを浮かべるプリシラ。
「あなたのとなりが、わたしの居場所ですっ」
そのとき、空が赤く光った。
わずかに遅れて「ドーンッ」という爆発音が遠くから響いてくる。
赤、青、緑、と空がまたたく間に色を変えていく。
「花火ですっ」
屋上にいた冒険者たちがざわつきだす。
プリシラが海辺を指さす。
そこから小さな光の点が空に昇っていき、頂点に達したところで爆発を起こし、色とりどりの光の花を咲かせた。
見事な大輪の花だった。
フーガさんの言っていた「面白いもの」ってこれだったんだな。
魔杖ガーデットに蓄積されていた魔力は、花火として放出されたのだった。
きっとスセリが教えたんだな。
「きれいです……」
花火を見上げるプリシラ。
その瞳に、夜空に咲く花火が映っている。
俺は彼女の横顔にしばし見とれていた。




