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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第三章 魔競祭事件
91/308

3-39『二回戦第四試合』

 ウェリウスとの試合ののち、俺は医務局に寄ってから会場に戻った。治療はピトスにしてもらったのだが、その間、彼女が終始無言だったのは少し堪えた。

 学院の中央広場に備えられた客席は、ほぼ満員に近い客入りだ。魔競祭の期間中は、オーステリア中の人々が観戦に訪れているからだろう。逆を言えば、それだけ七曜教団の奴らが忍び込むのも楽だということになるが。

 特にチケットみたいなものが必要なわけでもない。学院を訪れさえすれば観られるのだから、冒険者連中には格好の娯楽だろう。いつもは繁盛している迷宮も、この時期は人の入りが少ないはずだ。

 結果的には、珈琲屋も出店のお陰で売り上げを増やせたと思う。これもまた、一種のギブアンドテイクということで。


 なんとか空いている場所を見つけて、ピトスとアイリスに挟まれる形で席に着く。なんだか見張られているみたいな気分だった。実際、その通りなのかもしれない。

 当たり前の話ではあるが、治療にはそこそこ時間がかかった。その間に二試合が終わってしまったらしく、今は第四試合が始まるまでの待ち時間である。

 第四試合はレヴィ対メロの戦いだ。

 普通に考えれば、力の差は歴然だろう。確かにレヴィは強い魔術師だ。遠近に隙がない万能型で、鋭すぎるほどに特化型のメロとは正反対のタイプだと言える。

 とはいえ、地力の差は覆しがたい。レヴィがどうという話ではなく、メロが異常すぎるのだ。この世界にとってさえ。

 一年後、二年後ならば勝負はわからない。レヴィにはそれだけの才能があるし、それに胡坐を掻かないだけの努力家でもある。将来的には、間違いなく七星旅団セブンスターズクラスの実力を獲得するだろうし、現段階でさえある程度の試合ならば成立させられる。本気の殺し合いならばともかく、こういった試合に限って言えば。

 学生の中でもレヴィ、ウェリウス、そして学生会庶務クロノス=テーロの戦闘力は、頭ひとつ抜けていた。

 普通に考えれば、この三人のうちの誰かが優勝に輝くことだろう。


 ――メロ=メテオヴェルヌという天災バグさえ存在しなければ。


 メロは、ただ強いだけの魔術師ではない。というか、単純な強さで言うならば七星旅団セブンスターズにはシグがいる。《超越》、そして《魔弾の海》の二つ名を持つ彼は、世間一般に知られている魔術師としての強度は世界最強だと言っていい。そこに並ぶのは、同じく《最強》の名を冠する王仕えの騎士くらいのものだろう。

 だがメロの本質は、単純な強さで測れるものじゃない。彼女はただ強いのではなく、異常かつ異端であるからこそ《天災》と呼ばれているのだから。

 何より実戦経験が違いすぎる。メロの人生は、そのまま闘争の歴史に置き換えて語れるものなのだ。一歩を間違えれば死ぬ戦闘、いや戦争こそが、メロにとっての日常だ。


 俺は、試合の開始を無言で待った。



     ※



 実のところ、レヴィ=ガードナーはそう緊張してはいなかった。というよりは、単に開き直っていたのだろう。

 ――まだ勝てない。

 そんなことは百も承知だ。破格と称され、なおその底を見せない天災の本領――その領域に自分が至っていると自惚れるほど、レヴィは現実の見えない人間ではなかった。

 だが、そんなことは初めからわかっている。

 実力では確かに勝てないだろう。しかし、試合で勝てないとまで決まったわけじゃない。

 規則ルールのある魔競祭でならば。あるいは、一矢報いることができるかもしれない。


 とはいえ、結局は出たとこ勝負だ。

 世界で唯一の《創作魔術師》。扱う魔術の全てが固有技能オリジナルであり、またその全てを即興で編み出す(丶丶丶丶丶丶丶)という、いわば法則ルールの外側にいる存在。

 彼女に対して、初めから対策を考えておくことなど意味はない。

 その場でいくらでも魔術を創れるのだから。対策に対する対策を即興で講じられては、いたちごっこにもならない。

 レヴィに勝ち目があるとすれば。それは油断につけ入り、メロ唯一の弱点である接近戦に持ち込み、どうにか隙を見出して場外に押し出すという程度の作戦しかなかった。

 戦術とは呼べない粗末な策。格上の魔術師を相手に、地力の強さでしか勝利を見出せないというのだから矛盾している。


「……さて、どうなることやら」


 小さく呟くレヴィ。その視線の先には、メロがすでに壇上へと上がっている。

 小柄な天災は、なぜか感情を押し殺したように無表情だ。まさか緊張しているわけではあるまい。そんな実力じゃないし、そんな性格でもない。

 レヴィは悟った。

 それは勘だ。けれど確信に近い。いや、確かに勘はいいほうだが、この程度なら誰でも察しはつくだろう。

 ――あの男が、何かしたに違いない。


「…………」

 正直、微妙な心境ではあった。確かに勝つことは大事だ。過程よりも結果を求めなければならない。それだけの理由を彼女は持っている。

 しかし本心の部分で、正々堂々と胸を借りて戦ってみたい、今の自分がどれだけ通用するのか試してみたい――そんな感情がないと言えば嘘になる。

 余分な感傷だ。目的のためならば、ほかの全てを対価にしてもいいと思っている。

 だからアスタと契約を交わしたのだし、だからこそ、ここでそれを破るのは裏切りだろう。

 彼が何かをしたのなら、きっとその辺りなのだと思う。

 実力で勝てないから、心理的に追い込む。

 なるほど、実に合理的な判断だ。効果の大小は別として、試してみる価値はあるだろう。文句なんてひとつもない。


 ――けれど、どうしてだろう。

 あるいは目前のメロ以上に、レヴィの心中には澱のような濁りが沈んでいた。

 それが欺瞞だと理解していながら。


『さあ、本日最後の試合はレヴィ=ガードナー対メロ=メテオヴェルヌ! 一回戦ではその評判に恥じない実力を見せつけた二年最強と、《天災》の二つ名をほしいままにする伝説の冒険者がオーステリアの舞台で激突だっ!! 魔競祭屈指の好カードが、ここに来てついに実現するぜ!! 野郎ども、応援の準備は終わってるかあ――!?』


 観客を巻き込むシュエットの口上に、レヴィは試合開始の到来を予期する。

 ――切り替えろ。

 そう自分へ言い聞かせる。そういった割り切りは得意だった。得意になるよう生きていた。

 気がかりなのは、目の前の天災メロが一切の口を開かないところだ。

 一回戦のときはもう少し楽しそうに見えたものだが。試合そのものは一瞬で終わったのだが、二つ名に恥じない縦横無尽の暴れっぷりを見せたものだ。

 その彼女が妙に大人しいことは、はっきり言って不審の領域だった。試合前なのだから、何かしらのやり取りくらいはあるだろうと思っていたのだが、どうも口を開きそうにない。

 悲しんでいるとか、落ち込んでいるのとは少し違うように見える。怒っているわけでもない様子だ。

 なんというか、自分でも消化できない感情を、持て余したまま無理に押し殺している風……だとでも言えばいいのか。いずれにせよ、話に聞く《天災》の様子とは明確に異なっている。

 司会のシュエットも、その様子を敏感に察知したのだろう。あとを急ぐように、彼女は審判役の教師へと視線を向けた。


『――それでは! 二回戦第四試合、開始っ!!』


 瞬間、メロ=メテオヴェルヌが動いた。



     ※



「《全天二十一式ルール・オブ・オリジン》――」


 試合開始が告げられた瞬間、メロがわずかに口を開く。

 客席から眼下のステージを見つめていた俺は、その事実に心底から驚愕した。

「な……っ!?」

 それこそ、思わず声が出てしまうほどに。

 狼狽えたのが明らかだったからか、隣のピトスが静かに問う。

「アスタくん?」

「メロが、術に名前をつけてる……」

 驚かないはずもない。それは、これまでのメロなら絶対にあり得ない行為だった。

 メロは魔術の術式を全て使い捨てる。あらゆる魔術が即興で、しばらくすればやり方を忘れるというくらいに、彼女はひとつの魔術へ固執しない。

 だが本来、魔術に名前をつける、という行為には大きな意味がある。

 当たり前だが格好つけなんてことじゃない。


 通常、魔術師はメロのように、覚えた魔術を使い捨てたりはしない。何度だって繰り返し使うだろうし、だからこそより強く、より速く起動できるように修練を積む。

 その意味で、名前をつけるということには意味があった。その魔術を意識して、自分が行える行為だということを自らに深く印象づけ、いつでもイメージで術を引き出せるようにするための儀式だからだ。名前のイメージに補強されることで、術そのものが強くなるのも珍しくない。

 だがそういった儀式は、いつだって新しい魔術ばかりを使い、同じ魔術を二度は起動しないメロには無縁の行いだ。

 その彼女が今、自らの魔術に名前をつけている。


 つまり。言い換えるのならば。

 それはメロが《切り札》を持ったということである。

 名前をつけた魔術を、自身の能力として自覚するということである。

 その価値は計り知れないだろう。

 メロ=メテオヴェルヌは、ここに来てさらに強くなったということなのだから。


 彼女の言葉に誘われるように、ステージ上に薄い水色に輝く円盤がいくつも広がり始めた。

 まるで渦巻く銀河にも似た、魔力の奔流がステージを覆う。不規則かつ無造作に、しかし強い魔力を秘めて、円盤がステージの周囲を回り始めたのだ。

 そして、彼女は術式の名を口にする。


「――第十八番、《北落師門(ファム・アル・フート)》」



     ※



 刹那、レヴィはメロの姿を見失った。高速で動く円盤が、メロに触れた瞬間、その姿をいずこかへと消し去ったのだ。

 魔力的な前兆が一切なかった。どこへ消えたのか、視覚も魔力感覚も、何ひとつ把握できていない。

 だがレヴィは、

「閉式鍵刃――ッ!!」

 叫びながら、咄嗟に背後へ剣を振るった。鞘に収めた瞬間から、振り返る勢いを込めて居合い抜くように剣を振り落とす。

 その剣が――襲い来た魔弾を斬り払った。

 否、消し去ったのだ。レヴィは最初から全力だった。魔力そのものを閉じる剣でもって、メロの魔弾を消滅させる。

 そう。メロは今、レヴィの背後にいた。

 だが見た瞬間にまた掻き消えて、痕跡さえなく場所を移す。

 一瞬で臨戦態勢に入るレヴィ。研ぎ澄まされた感覚が、視界の外から襲い来るメロの動向を察知する。


 気づけば、メロは頭上に(丶丶丶)いた。


 不規則に動く円盤から姿を現し、魔弾の雨を地上に降らせる。そのひとつひとつにまったく別の術式が込められており、燃焼や麻痺といった効果をもたらしてくるものだ。

 見た目には、単なる藍色の魔弾だというにもかかわらず。それぞれがまったく別の魔術だというのだから、いっそ笑えるほどだ。

 この手の魔術は、ただ防ぐだけでは意味がない。瞬時に術式を読み、特有の効果を防ぐに足る術式を防御に用いる必要があるからだ。

 でなければ攻撃自体は防げても、その術式に込められた魔術効果は防げない。完全に躱すか、あるいは術式を解読して、魔弾が到着するよりも先に対抗魔術を練り上げる必要がある。

 当然、無理に決まっている。というか、普通はここまで別々の魔弾を撃つことのほうがあり得ないのだが、現実に襲われている以上は対処の必要がある。

 加えて最悪なのは、そもそも術式が読めないということだろう。

 普通に学ぶ魔術の理論から、メロのそれは完全に逸脱したオリジナルだ。何がどうなっているのか、レヴィでさえまるでわからない。時間をかけたとしても、果たして対抗魔術を構築できるかどうか。

 凡百の魔術師ならば、この時点でもう詰みだ。埒外すぎて話にもならない。

 しかし、レヴィ=ガードナーの《閉式鍵刃》ならば。


「――――ッ!!」


 雨どころか、もはや機関銃に近い勢いで降り注ぐ魔弾。さすがは《魔弾の海》シグウェル=エレクが唯一の弟子といったところだろう。

 けれどレヴィは、自分に当たる魔弾の全てを剣で斬り払う。それだけで、メロの魔弾を完全に無効化していた。

 魔力を強制的に閉じる彼女の剣ならば、術式なんて読む必要がない。

 当てれば消せる。

 魔力を元から断つ剣だ。そこには魔力の多寡も、術式の強度も関係ない。考える必要さえなかった。


「……なるほど」

 気づけば、またしてもメロが消えていた。いつの間にか、彼女は初めに立っていた場所まで戻っている。

 その頃にはレヴィも、メロの魔術の正体には気づいていた。

 というか、ここまであからさまに見せつけられて、わからないほうがどうかしている。

「さすがは天災、というところかしらね。……そんな魔術、貴女以外の誰に使えるか」

「同じ結果を出せる人間なら、いるところにはいるんじゃない?」

「……空間転移。《喪失魔術ロストロジック》を使える人間が、そうそういるわけないじゃない」


 そう。メロが創り出した円盤は、いわばワープゲートである。

 自在に動く円盤は、その出入り口だ。中を通ることで物理的な距離を無視し、離れた円盤でぐちまで直接移動することができる。

 それはメロが迷宮で見せた術式の応用版。


 短距離連続擬似転移魔術――《北落師門(ファム・アル・フート)》。


 速度と距離を超越する、天災メロが創り出した二十一の切り札がひとつ。

 当然、この固有魔術への対処法など彼女は所持していなかった。メロだけが使える、初めて見る魔術なのだから。

 できることは変わらない。策や戦術によるものではなく、レヴィは実力でもってメロ=メテオヴェルヌと当たる――その状況に大差はなかった。


 いわばこれは門を、扉を創る魔術だ。

 ならば本来、それを閉じることのできるレヴィに対しては大きな意味を持たない。相性としては、およそ最悪の部類だろう。

 レヴィは駆けた。

 要はこの円盤がゲートの役割を果たしているのであれば、それさえ破壊してしまえばメロの魔術は脅威たり得ない。

 実際、彼女の剣が触れた瞬間、メロの魔術はあっさりと魔力を無に帰す。それだけで、出入り口がひとつ消えたのだ。この魔術を築くのに、メロがどの程度の労力を支払っているのかはわからない。だがどう考えたって、ただ剣を当てるだけで済むレヴィより楽なはずもなかった。


 しかし――その程度の理屈など、条理をもって押し流せずして何が《天災》か。

 

 円盤が消されても、メロは一切の対応を見せなかった。

 ただその場に立っていただけ。

 それだけで、新たな円盤が空間に補充されたのだ。それもひとつではなく、三つ以上が。

「…………」

 さすがのレヴィも閉口する。

 自ら生み出したのか、それとも自動で補充される仕組みなのか。いずれにせよ、消すより速く生み出されるのでは、なんというかもう終わりだ。明らかに超高難易度であろう魔術を、詠唱どころか身じろぎさえせず、剣を振るうより先に作られてはどうしようもない。

 すでにして三十以上はあるだろう円盤の数。その上限が、果たしてどの程度のものなのか。

 想像さえできなかった。


 もちろん限界はあるだろう。数以前に、そもそも空間の広さ自体に限度がある。ひとつひとつが、いくら小柄とはいえ、メロひとりが通れる程度の大きさはあるのだ。

 加えて言えば、いつどこに出てくるかは目でわかる。少なくとも転移の始点と終点は、円盤がある場所以外にはないのだから。レヴィの身体能力ならば、対処も不可能ではないだろう。


 もっとも、それはあくまでメロ自身が動く分においてはだ。


 直後、メロが魔弾を射出した。様々な効力が秘められた弾丸の数は、瞬く間にレヴィの視界を埋め尽くすほどだ。

 とはいえ単純な攻撃ならば、レヴィは剣で撃ち払うことができる。ひと息の内に五を、返すひと振りでさらに五を貫き、メロへ向かって距離を詰めていく。

 だが魔弾は何も直線の軌道だけで飛んでくるわけではない。

 初めから誘導の術式が込められた魔弾もある。だが厄介なのは、魔弾自体が円盤に触れたときだった。

 転移の入口に飛び込んだ魔弾は、異空間を通過し、距離を超越してまったく別の円盤を射出口として飛来する。

 メロがまっすぐ撃った弾は、しかし上から、下から、横から――予期しない方向から襲ってくる。いくらなんでも、その全てを凌ぐことなんて不可能だった。

 超人的な反射神経で、レヴィは魔弾を斬り払い続けた。

 だが彼女が今まで魔弾を防御できたのは、自分に当たるものだけを防げば済んだからに過ぎない。つまり、当たらない軌道にある無駄弾が多く存在したということ。

 けれど、その魔弾は今やメロの《北落師門(ファム・アル・フート)》を通過してまったく別の場所から飛んでくる。その厄介さは、単に前方だけだった対処範囲が全方位に増えたというのみに留まらない。

 本来なら当たらないはずの軌道を描いていた魔弾の全てが、確実にレヴィを狙ってくるようになったということだ。

 いかな剣戟の腕をもってしても、ここまで完全に飽和されては物理的に対処が不可能だった。レヴィの身体を、次第にいくつかの魔弾が掠め始めた。


 横合いから飛来した数十の魔弾、その合間を縫うように動き、直撃する魔弾だけをレヴィは払う。だが躱したはずの弾丸が、次の瞬間、今度は上から下から襲ってくるのだ。

 いくらなんでも、そんなものを反射神経だけで防ぎきれるわけがない。

 左足に直撃した魔弾が、衣服を燃やし始めた。

 右肩を抉られて、痺れるような痛みが肌に響く。

 背後から背中を撃った弾が、呼吸さえ止めようと術式を発揮した。

 その着弾箇所に、レヴィはいちいち剣を当てなければならない。そうすれば効果だけは消せる。

 魔弾に秘められた様々な追加効果が、単純なダメージ以上にレヴィの動きを阻害する。ひとつ間違えば、それだけで終わりかねない術式だ。閉錠の魔剣効果があったからこそ、受けたあとから攻撃に対処できたに過ぎない。

 ――ジリ貧だった。

 体力を徐々に削られて、終わりは確実に近づいている。それがいつになるのかはわからなかったが、そう遠くない先であることは間違いない。

 このままでは絶対に勝てないだろう。


 ――仕方ない、か……。


 心中でそう呟いた。レヴィは、閉式鍵刃に並ぶもうひとつの切り札を使おうと決める。

 それは賭けだ。たとえその術式をもってしても、絶対に倒せる保証はない。何より人目につく魔競祭の場で使うには、さすがに荒っぽすぎる方法なのだ。

 けれど、ほかに選択肢もなかった。

 もちろんメロが、そう易々と時間をくれるわけもない。剣に込めた術式を変えるには、どうしても瞬きほどの間が必要となる。その一瞬が、この場においてどれほど大事なものかは考えるまでもなかった。


 けれど、あるいはだからこそ。

 数多迫りくる魔弾の対処を、その瞬間、彼女は全て投げ出した。

 肉体を魔弾が貫く。その一切をレヴィは意に介さない。

 そして――、


「――《開式鍵刃(丶丶丶丶)》」


 片手に握る魔剣を、自らの胸へと突き立てた。


 瞬間、光が溢れ出した。目を潰すほど眩い白光の奔流が、レヴィを中心に広がったのだ。

 それに目を細めながらも、けれどメロは狼狽えることもなく小さく呟く。


「まあ、そりゃ閉じられるなら――開けられるよね」


 わかりきっていた、といわんばかりの表情で、メロは魔弾を撃ち出した。

 まるで海を泳ぐ魚群のように。高密度の魔弾の波が、円盤状の《魚の口(フォーマルハウト)》を経由して、文字通りの全方位から降り注ぐ。小さな魔弾も数百、あるいは数千にも及ぶ数が集まれば、それはもう災害と表して過言ではない。

 そう。此度、メロが重視したのは術式ではなく威力だった。

 追加効果を持つ魔弾は、レヴィに対して効果が薄い。何よりそんな小細工を弄するより、力押しのほうがメロは得意だ。

 師である《魔弾の海》には及ばないにせよ。

 魔弾の一発一発が、魔術師ひとりを確実に戦闘不能へと追い込む威力を誇っている。


 ――だが。

 そんな致命の魔弾群が、剣の一閃で払われた。


 レヴィが行ったことといえば、ただ剣をひと振りしただけ。ほかは何ひとつしていない。

 にもかかわらず、剣は膨大な風圧を撒き散らして、レヴィを中心に全ての魔弾を斬り払ったのだ。単に圧力で防いだだけではなく、膨大な魔弾のひとつひとつが全て切断されているというのだから、さすがのメロも目を丸くした。


 見れば、レヴィの肉体が強大な魔力を放っている。そのあまりの密度に、魔力そのものが淡い可視光へと変わるほどの。

 量で言えば、さすがにクロノス=テーロには及ばないだろう。

 しかし侮るなかれ。レヴィは自ら纏う魔力の全てを、完全に制御下へと置いている。垂れ流しのクロノスとは違っていた。


「……なるほどね。そう使うんだ」

 ぽつり、とメロはそう呟く。要するに、レヴィは自ら、魔力の出力口を限界以上にこじ開けた(丶丶丶丶丶)のだ。

 アスタがかけられた呪いと、いわば正反対の意味を持つ《開く》魔剣。

 もちろん迷宮由来の、千年級の呪いにまでは対抗できない。だが自分個人の魔力口を押し開く程度ならば造作もなかった。


 今やレヴィは、自身が所持する魔力の全てを一度に使っている状態に等しい。

 魔力量が単純な強さと比例しないのは、その全てを一度に使えるわけではないからだ。極論、たとえ相手に数倍する魔力を所持していたところで、使う前に負ければ意味もないだろう。

 けれどレヴィは違う。彼女は自身の魔力を全て外に放出し、それを纏うことで持ち得る全力を一度に発露させることができるのだから。

 元より平凡な魔術師とは比較にもならない魔力量を持つレヴィだ。ましてその全てを纏めて魔術として行使できるとなれば、能力向上の度合いは測り知れない。加えて《取り出す》という工程を経由しないことで、副次的に魔術の構築速度まで上昇する。

 それが、ガードナーに伝わる秘術。


「開式鍵刃――魔力完全開放」


 諸刃の剣だ。多くの魔力を扱うということは、それだけ危険度も増すということ。制御の難易度も跳ね上がるし、下手をすれば魔力を一瞬で霧散させたり、どころか反動で自分が傷を負うことさえあり得るだろう。当然、魔力を最大開放する以上、長続きするわけでもない。魔力を周囲に留めておく、という行為自体に魔力を消費するからだ。

 しかし、そんなデメリットを補って余りあるほどの利点がこの魔術にはあった。


 覚醒状態のレヴィの戦闘能力は。

 一時的に――七星旅団セブンスターズにさえ近づく。


「…………」

 それでもレヴィの表情は険しい。一方のメロは余裕の笑みだ。

 互いに、理解しているからだろう。

 確かにレヴィは強い。学生の域は遥かに超えている。すでにして一流どころの魔術師にさえ、遜色しないほどの実力だ。

 それでも。それでもまだ及ばない。

 それがお互いにわかっているからこそ、二人の表情は対称的だ。


 ――第二試合は終わらない。

 天才と天災の戦いは続く。

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