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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第二章 陰謀の迷宮区
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2-15『vsゴーレム』

 ぐだぐだと会話している間も、もちろん油断はできなかった。

 余裕を気取って見せたが、さすがにふたりで相対するのはきついだろう。できればフェオにも動いてもらいたいところだ。

 できれば、じゃないか。否応なく巻き込んでしまおう。

 視線は土人形ゴーレムに向けたまま、言葉だけで俺は告げる。


「手伝え、フェオ。お前が前衛だ」

「わ……わたしが?」

「ああ。もちろん、怖いっつーなら下がっててもいいが」

 あえて皮肉げに煽ってみせた。このくらいのほうが、フェオはむしろ乗ってくる。

 実際、フェオは「な……!」と呟くと、狼狽から立ち直って俺に叫んだ。

「だ、誰が! むしろあんたこそ――」

「だよな。お前なら、そう言うと思ってた」

 フェオの文句を強引に中断する。

「……何、それ」

「別に。俺たちだけじゃ厳しいから、手伝ってくれって話だよ」

 話している余裕は少ない。結論から入ろう。

「俺が中衛、シャルが後衛だ。援護するから攻撃を引きつけてくれ。シャルは大技用意。一撃で落とせるのを頼む」

「……どうかな。防御貫けるか、ちょっと自信ないけど」

「幸い、奴の弱点(丶丶)は思いっ切り目に見えてるからな。まあなんとかするさ」

「了解。任せた――儀式始める」

「了解。任せた――行くぜ、走れフェオ!」

 返事は待たず、俺は《駿馬エワズ》を刻んで加速を得る。

 直後、土人形ゴーレムの両腕が振り被られた。



     ※



「――右腕は任せろ!」

 叫び、俺は土人形ゴーレムに向かって左の進路へと進んでいく。これは「左腕は任せた」という意味でもある。

 刹那、振り上げられた右腕が、こちらに向かって降り注ぐように落下してくる。

 土人形ゴーレムにとっては、おそらく殴打ですらない振り落としだ。小うるさい羽虫を払う程度の挙動。

 だが矮小な俺から見れば、それは隕石の墜落にも等しい一撃だった。振るわれる速度は凄まじく、直撃すれば文字通りに俺の体は挽肉ミンチになる。

 図体に似合わぬ挙動の速さ。巨大さはそれだけで脅威だった。

 だが、俺の走る速度もまた《駿馬エワズ》によって強化されている。


 最も使用頻度の高いこのルーンなら、俺は肉体の動きそのもの(丶丶丶丶丶丶)を印刻として発動することができる。自由と奔放を意味する《(エワズ)》を、足運びで刻み印して加速術式を励起する。

 移動の概念をそのまま強化する加速の魔術が、足の裏を通じて働いている。地面を蹴り抜くと同時に加速が生じ、俺は落ちてきた腕を掻い潜るようにかわした。

 その先、腕の下は土人形ゴーレムにとって死角になる部分だ。


 ふと目をやれば、フェオもまた続く左腕の一撃を前に銀の剣を抜いていた。

 本来、回避だけなら剣はいらない。防御なんて論外だ。

 だがひとたび剣を抜き放てば、その瞬間から彼女は《剣士》という概念そんざいに自己を作り変えてしまう。先ほどまで面食らっていた人間フェオは、柄に手を当てたときから戦闘者としての剣士に変貌を遂げている。

 冷酷な――まるで感情のない双眸で、彼女は土くれの人形を睥睨していた。

 フェオはその場から動こうとさえしない。

 そして直後、土人形ゴーレムは右腕に続いて左腕を真下へ振り落とした。

 落石の如き一撃。

 それを彼女はぼうっと眺めたたまま、

「……、」

 ――当たらない。巨大なかいなの振り落としを、彼女はただ一歩を前に踏み込むことで回避していた。

 ほとんど倒れこむように無造作な、それでいて目を瞠るほど素早い身のこなし。剣士として徹底した彼女の身体能力は、術式さえ用いない状態ですでに、《駿馬エワズ》の加速を得た俺の上にあった。

 普段の正確からは想像さえつかない、それは《静》を極めた剣士の姿だ。

 もうなんか、俺の立ち場がないっていうか。


 両腕を振り下ろした土人形ゴーレムの姿勢は、たとえるなら土下座をするような形に似ていた。

 その脇をくぐり抜けた俺たちは、回避の直後のわずかな間に目を合わせる。

 ――合わせろ。

 という俺の視線を、彼女は深い双眸で受ける。俺は小さく頷き、彼女は何も言わなかった。

 それでも、これで伝わっている。そう確信する。

 俺は懐から魔晶を取り出し、土人形ゴーレムめがけて放り投げた。作り置きの魔晶は数が限られているが、出し惜しみするつもりはない。

 投擲したこの一石も、文字通り切り札のひとつだった。

 ――ただし。


「――《長成(anakreB)》」


 重要なのは札そのものではなく、むしろ切り方のほうだった。

 声で印刻ルーンを起動する。

 本来は《カバの木》を意味するという《成長ベルカナ》のルーン。その逆式。

 印刻を逆位置さかさに刻み印すことで、強引に反対の意味の(丶丶丶丶丶丶)魔術として起動する。

 先日のオーステリア迷宮でも使った、俺だけの技法。

 ただでさえ稀少な印刻術師の中でも、《逆式印刻リーバスルーン》を扱えるのは俺くらいのものだろう。いわば固有技法オリジナルアートとも言うべき技術なのだ。

 ……が、実はとんでもない欠陥魔術だったりもする。


 成長の阻害(丶丶)術式いみを上書きされたルーンが、拘束の魔術として具現化する。

 魔晶から放たれた魔力が、カバの木の形で構成され、土人形ゴーレムの全身へ纏わりつくように育っていった。育つ木に身体を束縛され、まるで石壁に光るツタが茂ったかのようだ。

 無論、この程度の出力では、このレベルの土人形ゴーレムを完全に拘束することなどできない。

 もって数秒だろう。逆式印刻リバースルーンはただでさえ強引な解釈をさらに捻じ曲げているため、術式の効果がかなり弱くなるのだ。

 だが――フェオにはそれで充分だった。


「ふ――っ」


 俺が拘束魔術を発動した直後、フェオは爆ぜていた(丶丶丶丶丶)

 それ以外に表現のしようもない加速だ。

 蹴り抜いた地面を爆発させかねないような勢いでフェオは飛び出す。

 そして彼女は、なんと土人形ゴーレムの巨体を、垂直に駆け上っていった。

「……ってマジかよ」

 正直、ここまでやれるとは思っていなかった。フェオは完全に、自力で土人形ゴーレムを倒すつもりらしい。

 身体能力というより、その度胸に敬意を表したかった。思いついても普通やらんだろう。

 むしろ何も考えていないんじゃなかろうか。

 彼女はそのまま土人形の胸の辺りまで、垂直の石壁を蹴って跳躍する。

 見れば、矢の勢いで昇る彼女の肉体からは、バチバチと火花のようなものが散っていた。


 ――これは、雷か……?


 俺は目を見開く。フェオの身体は帯電していた。

 雷を用いた加速術式――。

 肉体の性能限界を強引に引き上げ、跳躍した彼女の目の前には、脈動するが如く魔力を放つ血色くれないの魔晶――土人形の心臓があった。

 飛び上がったフェオは空中で身をよじり、地面と平行に身体を一回転させて、


「……っ!」


 ――振り下ろす。

 雷を纏った刃の一撃が、土人形ゴーレムの魔晶を抉り穿った。



     ※



 雷撃の刃は、切断というよりほとんど打撃に近いと破壊力まで達していた。

 地球の神話に登場する、とある雷鎚を思い出した。

 剣に纏わせた膨大な雷の熱量が、圧倒的なエネルギーとして魔晶へと叩き込まれていく。

 さすがの土人形ゴーレムも、その一撃には上体を大きくよろめかせた。

 魔晶にひびが走り、漏れ出た魔力が空間の瘴気に溶け込んでいく。それが再度、空間の瘴気ごと再吸収されていく――土人形ゴーレムの復元が始まったのだ。

 フェオはそのまま地面へと落ちていった。空中で器用にくるくると回り、落下の衝撃を殺して着地する。そのときにはすでに、俺の放った逆式の《成長ベルカナ》はほとんど破壊されていた。

 だが俺とて、この好機チャンスを逃すほど間抜けじゃない。新しい術式はすでに用意している。


 見れば土人形ゴーレムが、というかフェオが暴れた上体に比べ、足元のほうにはまだカバの木の束縛が残っている。

 フェオが胸を押したのなら、俺は脚を引っ張るとしよう。逆にした《成長ベルカナ》を、俺は再逆転して正位置に戻す。

 本来の意味を発揮したルーンが、カバの木を再生させ土人形ゴーレムの足に絡みつく。

 矛盾を強引に正当化する解釈。

 その反動は当然、術者の肉体に戻るわけだが、今は構ってなどられない。


 俺は――拘束術式を思い切り引っ張った(丶丶丶丶丶)


 フェオが上体を押し、俺が下を引いた土人形の身体。

 それは当然のようにバランスを崩し、仰向けの方向へと盛大に転倒していく。

 ――轟音。

 巨大な質量が固い床面へ激突し、その衝撃が鼓膜を震わせた。ここが迷宮という結界でなければ、地面に窪みクレーターくらいはできたいたことだろう。

 魔力を一気に使ったせいか、よろめいているフェオを助け起こす。

 意外にも素直に手を借りたフェオに、俺は反対の手を挙げてこう告げた。


「――ワンダウン、だ」

「……ん」


 フェオが頷き、ぱちりと手を叩き合った直後。

 目の前で、土人形ゴーレムめがけて光の束が降り注いだ。


 ――シャルの儀式魔術が完成したのだ。


 白い円柱が、突如として土人形ゴーレムの全身を覆ったように見えた。シャルが天井に魔術陣を描き出し、そこから熱線が放射されたのだ。

 その陣は、言うなれば豪華な装飾照明シャンデリアだ。だが降り注ぐ光線は、見た目には美しい帯ながら、実際には暴虐的なまでの熱量エネルギーを秘めた破壊の軌跡である。

 魔術ファンタジーというより、もはやSFみたいな感じだった。よく聞く衛星光線サテライトビーム的なモノは、きっとこんな感じなのだろうと思う。

 ともあれ、完全に過剰攻撃オーバーキルとさえ言っていい魔術攻撃だった。文句なしに戦術レベルの破壊魔術を、シャルは十全に使いこなしている。

 これだけの連携が行えれば、そうそう魔物に遅れをとることはない。


「とは……言うものの、ね」


 ――簡単そうに見えただろうか。

 決して、そんなことはないのだけれど。

 事実、全身を焼き尽くされた土人形ゴーレムは、それでもまだ再生を続けていた。

 じわりじわりと、砕けた石の身体が元の形にひっつき、復元されていく。

 とんでもない再生能力だ。これが本当に土人形ゴーレム固有の能力だとでもいうのだろうか。

 ……無理だな、これは。


「ごめん。倒しきれなかった」

 謝罪するシャルに首を振って答える。

「充分だよ。実際、一回分は殺せてる」

「……で、どうする?」

 追撃するか、それとも。

 彼女の問いに、俺は迷いもせず答えた。


「よし。それじゃあ今のうちに逃げようか」


 この調子なら、無理をすれば勝てないこともない。

 復元さえ許さないほど隔絶した高火力か、あるいは復元の間を与えない連続破壊か。この手の再生能力を持つ魔物の対応方法なんて、だいたいパターンは決まっている。

 攻撃力、速度、再生能力――どれを見ても、この土人形ゴーレムは以前見た合成獣キメラ以下だ。防御力だけは勝っているかもしれないが、少なくともフェオとシャルなら貫ける。無理をすれば、だが。

 だが俺はこの状況で、無理をしてまで勝つ理由がないと思うのだ。

 というより、このとき、この場では――絶対に無理をするべきじゃない。

 それは危険だ。

 実際、フェオはわずかにふらついている。一気に魔力を放出したからだ。シャルは余裕そうだが、彼女にだって魔力の限りはある。俺に至っては、魔力の有無に関係なく、大技を放とうものなら反動で喀血間違いなし。

 三十六計逃げるになんちゃら。

 幸い、再生にはさすがに時間がいるらしい。といっても十数秒だろうが、その隙に一度逃げたほうがいいと判断した。


「逃げるって、どこに?」

 苦笑して訊ねてくるシャル。あれだけの儀式魔術を放ってなお、彼女は平然とした表情だった。ものすごいタフさだ。

 なるほど考えてみれば、その様子は少しだけ――彼女の父に似ているかもしれない。

 退路は塞がれている。確かに逃げ道は後ろにない。

 だから俺は肩を竦めるようにして、せいぜいおどけてこう答えた。

「後ろに戻れない以上、前に逃げるしかないな」

「……それ、逃げるって言うの?」

「さあ。――そろそろ行こう。起きちまう」

 俺たちは、復元を続ける土人形ゴーレムの脇を駆け抜けて広間を出た。

 もしかしたらフェオが何かを言ってくるのではないか、と思っていたのだが、彼女は何も言わずに俺たちに従った。

 さっきから妙に静かで、なんだか怖い。


 ――ともあれ。

 俺たちは足早に第十一層を抜けて逃げた。



     ※



 去りしなに、俺は考えていることがあった。どうにも気になるモノを見つけたのだ。

 広い広間を駆け抜けながら、そのことについて思考する。

 土人形ゴーレムの胸に嵌め込まれていた紅色の巨大な魔晶。

 その中に、俺はある文字(丶丶)を見つけていた。


「――《真理(Emeth)》」


 さて、こいつは確か何語だったか。地球で言う、確かヘブライ語だったような気がするが、正直ぜんぜん覚えていない。

 ……以前、義姉のマイアが教えてくれたことがある。

 錬金系魔術師である彼女は、ゴーレムにも造詣が深かった。使い魔の類いは好まない(自分で前線に立つのが好き)だったため製作はしなかったようだが、話には聞いたことがある。

 曰く――『完全に創造されたゴーレムは絶対に破壊できない』とか。

「…………」

 そう、本来のゴーレムとは魔術師が創りだす擬似生命――使い魔の類いだ。

 魔物としての土人形ゴーレムと、魔術師が創る泥の胎児ゴーレムは完全に別のモノであると聞いている。

 確か、魔術師はゴーレムを創るときに、決まった文言をその身体に刻むらしい。

「《聖なる四字の神の名前シェム・ハ・メフォラシュ》、だったかな……」

 ――やはり、あんまり覚えていない。そもそもこちらの話を聞いたのは義姉からじゃなかった気もしてきた。

 そうだ――確か、こういうことに詳しい眼帯の珈琲屋から聞いたのだ。俺はこの手のことにとんと疎い。

 オーステリアに戻ったら、一度あの店を訪れてみようと思う。


「……どうかした?」

 と、前を行くシャルに訊ねられた。

 俺はかぶりを振って、

「すまん。ちょっと考えごと」

「何?」

「あー……珈琲飲みたいな、って」

「……こーひー?」

 ああ、この国じゃほとんど飲まれていないんだっけ。

 俺は苦笑して彼女に告げた。

「黒くて苦い汁だよ」

「……そんなのが好きなの?」

「人生の味がするからな」

「馬鹿じゃないの」

 呆れた表情のシャルに、まっすぐな痛罵を喰らってしまう。

 黙っていたフェオでさえ、何か妙なモノを見る視線をこちらへと向けていた。


 まあ確かに、抜けた話ではあっただろう。

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