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セブンスターズの印刻使い  作者: 白河黒船/涼暮皐
第七章 セブンスターズの印刻使い
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7-06『挑戦』

 大回廊を駆け抜け、その先の大きな扉を潜り抜ける。

 いったいいくつドアがあるんだ。

 なんて疑問は、けれどこのときそれ以上の疑問によって塗り替えられた。


 扉を通り抜けた直後のことだ。

 周囲の景色が一変した。


「――えっ?」


 俺の前を走っていたピトスが驚いたように目を見開く。

 先頭を走っていたフェオは、もう驚き終わったあとだろうか。


「無茶苦茶だね。まあ今さら驚くことでもないのかもだけど」

「いや、充分に驚けますけどね、わたしは……」


 ――そこにあったのは、ひと言で表現すれば《街》だった。

 多くの建物が軒を連ねる大通り。

 オーステリアの様子とも近しいと言えば近しいが、通りを超えたまっすぐ先にある巨大な建物が大きく違う。

 というか、それは。


「……王都の景色と似てますね」


 零れるようなピトスの感想に、フェオが頷く。


「うん。っていうか、もうアレ王城だよね」

「城in城って、もうどういうセンスなんだコレ……」


 思わずぼやいてしまう俺だった。

 いやむしろ驚くべきは、街in城の光景のほうなんだろうけれど……。

 慣れたと思っていた異世界センスに、実はまだまだ適応が足りなかったのか。

 それとも、これが一番目の作ならむしろ地球センスなのか?

 だとすればいろいろと相容れない感じだった。


 ――と、それはともかくとして。

 ひとつ気になるのは、ここが王都と完全に同じ光景ではないことだった。

 ピトスも同じような違和感には気づいたらしい。


「なんか……、なんて言うんですかね。ちょっと違和感がありません?」

「まあ、街並みを完全に再現したって感じじゃないな。地形は似てるけど建物の感じがぜんぜん違う」

「――……古いんだ(ヽヽヽヽ)


 と、呟いたのはフェオだった。

 遅れて俺も思い至る。それを補うかのようにフェオは続けて、


「街並みが古い。いや建物自体は新しいけど、造りが昔の感じっぽい」

「……それが正解って感じだな。これは……昔の王都を再現した空間ってことか?」


 だとすればなんのためにか。

 単に一番目の趣味、で片づけてしまってもいいのかもしれないが。


 考え込む俺に、答えをくれたのは正面から響く声だった。


「――ここは元々、三人の魔法使いの合作なんだよ」


 まるで今いきなり現れたかのような唐突さ。

 それに驚く暇もなく、少し奥から説明するように歩いてくる人影がひとつ。


「その名前を《運命城レガリス》。一番目の魔法使いが、まだ英雄だった頃の時代を再現した結界空間」

「……、レガリス……」

「そ。英雄エドワード=クロスレガリスの、言ってみれば原風景の再現なのかな。今のアルクレガリス王家も、元を糺せば《一番目》の系譜だからね。王都には所縁があるってワケさ」


 そこまで説明したところで、人影は立ち止まって少し笑った。

 俺も笑う。また美味しい説明役を普通に担っている辺り、相変わらずってところだろう。


「覚えてるでしょ? 王都にあった師匠アーサーのねぐらも、ここと似てると思わない?」

「……言われてみれば確かにそうだな」

「ま、外側の城は師匠や二番目フィリーさんの作らしいけど。どっちにしろ設計はエドワード=クロスレガリス」

「ほかの魔法使いに力を借りてまで、わざわざこんな場所を作ってたってことか……」

「彼にとって、守りたかった世界ってのはココのコトで、今はもう違う――みたいな意識の表れなのかな。まあ知らないけどね。そういう内面評って案外、的を射るの難しいし。いや、中てるだけなら簡単だけど、得てしてたくさんある側面の一面にしか中らないからね」


 そこまで言い終わると、現れた女性はくっと伸びをするように手を大きく上げた。

 ん~っ! なんて気負った様子もなく関節をほぐすと、それからいつも通りの存在感で。


「というわけで。――お姉ちゃんだぞ、っと」


 七星旅団セブンスターズのリーダー。

 辰砂の錬成師――マイア=プレイアスは立ち塞がった。


「ここまでお疲れー、みんな。あとちょっとだから、アスタも集中してけー?」

「明らかに立ち塞がりに来た奴に応援される気持ちを考えてみてくれ」

「力が湧く?」

「話が合わない……」


 そんななんでもかんでも力に変えられる主人公属性、俺が持ってるわけないでしょう。


「うっはは。まぁ魂ごと捕らえられちったら仕方ないよね。ここにいるのは厳密には私たちの《情報》なワケだし」

「情報……?」


 と小首を傾げたフェオに、姉貴は「そう!」と視線を向けて。


「ここは世界の裏側だからねー。当然、世界の情報に接続アクセスできる最も根幹の位置に近い。今の私たちは、捕らえた私たちの魂を核にして、情報を肉体代わりに纏わせたカタチってコト。まあ要は本人操作のコピー品、みたいな?」

「……、はあ……?」


 曖昧に返事するフェオが、ちらり、と助けを求めるような視線を俺に流す。

 まあフェオは冒険者であって、学生……というか座学に重きを置くタイプの魔術師じゃないから、理屈には今も弱い。

 なんなら俺だって、完全に理解できたかどうかは怪しいところだが。


「要は本体の影法師みたいなモンってコトか」

「差はないけどね。ってか肉体の軛がないことを思えば、いわば簡易の魔人化みたいなモンまである」

「アンタらから魔力の制限が取れたら終わりだよ世界」

「世界を守りに来たのに!?」


 そんなツッコミを入れられても、ツッコみたいのはこちらのほうだった。

 惑星上にいるより強くなってるじゃねえかよ実質。能力が同じでもリソースの制限が取れちゃってるんだから。


「まあ、裏側ココならそっちだってリソースは周りに溢れてるし。実質、強化バフ量は同じじゃん」


 あっけらかんと言ってくれる姉上様であった。

 まあ確かに、周囲の環境そのものが魔力であるここなら、理屈の上では魔力は使い放題だが。

 そういうのは机上の空論って言うんだよな、本来。


「ま、とにかくがんばれ、アスタ。世界の命運は君に懸かっている!」

「……俺は姉貴と違ってそういうのでテンション上がるタイプじゃないんだよ。普通にプレッシャーなんだけど」

「知らん!」

「もう帰れお前」

「ひっど!?」


 別段、傷ついた様子もなく、姉貴はけらけらと笑った。酷くねえよ。

 これだから、自分の周囲にある要素を全て、自分の応援としか思ってない女はメンタルが違う。

 ――そんな姉貴に拾われたから、俺がこんな風に育っちゃったんじゃなかろうか。


「さーて」


 と。姉貴は言った。


「わたしのお相手はどっちが務めてくれるのかな? せっかくだし、今日は出し惜しみなく全力でお相手しちゃうよ」

「ほんのちょっとくらい抵抗とか持ってくれてもよかったんだけど……」


 どころかノリノリまである。

 まあ、そのほうが後腐れはないかもしれないが。


「――私です」


 それに事実、姉貴の相手となる少女は剣を抜き放つと笑顔で言った。

 その姿に緊張は見られない。

 見えるのは力を解放する前に特有の、実に冒険者らしい溢れんばかりの戦意だけ。


「フェオちゃんか。いいね、――相手にとって不足なしだ」

「……私のコト、覚えててくれてるんですね」

「そりゃもう、モチよ。君のお姉さんとはお酒を酌み交わしたかった仲だよ」

「じゃあ酌み交わしてない……」

「残念なことにね。でも、――代わりにフェオちゃんが付き合ってくれるワケだ」


 鮮烈で気持ちのいいフェオの戦意は、きっと姉貴にも伝わっている。

 あるいは伝わりすぎている。その鮮やかな意気に当てられて、姉貴までもが昂っているのがよくわかった。


「……はい」


 小さく、けれど確かに炎の熱力を秘めてフェオは頷く。

 気づけばその髪は深紅に染まっていて。

 沸騰するような血の昂りは、彼女が持つ吸血種としての因子だけが理由ではないだろう。


「正直、私も……こんな状況ですけど、実は嬉しいんです」

「へえ? 理由を聞こうかな」

「貴女は、――姉さんが憧れていた冒険者だから」


 託された想いがあるから。

 いつだって、その伝説は耳にしてきた。

 ――フェオだって冒険者なのだ。

 挑む者であるからこそ、先達には多大な尊敬を以て相対する。


 そうだ。それだけの尊敬が、確かにそこにあるからこそ。


「そんな貴女に勝てるのなら――それ以上のコト、ないってモンです」

「ふふ……。いいのかな、そんなにお姉さんを喜ばせるようなこと言っちゃって」

「嬉しいんですか?」

「嬉しいね。嬉しすぎて……手加減できなくなっちゃうぞ?」

「……嬉しいですね」

「言ったね」


 元より、手加減なんて器用なことができる姉ではない。最初から無理だ。

 ただ、だとしても最高潮まで乗せることは、本来なら悪手だろう。

 なにせ姉貴は気分屋だ。心が乗っていないときは、意外と格下にも困らされることが少なくないくらい。

 それでいつも、シグやセルエが振り回されていたのだから。俺だってよく知っている。


 ――その姉貴が乗っていた。

 こういうときの姉貴は本気で手強い。

 ギアは疑いなく最高潮。

 ひとたぶ吹かせば、その創造力は限度を知らない。


 けれど、俺はそれがわかっていて、止めるようなことを口にしなかった。

 だって――その条件なら、フェオだってきっと同じだったから。

 憧れを目の前に、挑むと決めた戦士を止める言葉など、冒険者が持っているはずがない。

 理性で全てを判断する魔術師とは違う。


 ――冒険者とはいつだって、挑むときこそ最強だ。


「姉貴は任せるぜ、フェオ」

「――うん。ここは私が任された」


 頷きと同時、バチリ――フェオが纏う魔力が光って弾ける。

 鼠が鍛えた銀色の牙が、今このとき、天頂で輝く赤き七星の一へと昇り詰める。


「ピトス、アスタ、――行って!」


 言葉と同時、振り下ろされるは雷を纏った刃の一撃。

 その結末を確認することもなく、俺たちは前へと走り出した。


 窮鼠が猫を噛むのなら。

 鍛え抜かれた牙は、天の星にも届くだろう――。








     ※



 最終連戦第五関門。

 挑戦。


 フェオ=リッターvsマイア=プレイアス。

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